82 / 129
80
しおりを挟むすれ違う人々に笑われるフィリッポが、徒歩でジラルディ公爵邸に向かっている頃。
フラヴィオを深く愛するふたりの男が、バチバチに火花を散らしていた――。
といっても、クレメントを恐れているミゲルがしたことといえば、フラヴィオと仲良く話しているだけである。
しかし内容は、兄弟にしかわからない話だ。
いつも以上に最愛の兄に密着するミゲルは、憎き恋敵に対して、いかに自身がフラヴィオにとって大切な存在であるかを見せつけていた――。
「もうすぐ兄様の誕生日ですよね?」
「ああ、そうだった。すっかり忘れていたよ」
隣に座るミゲルに微笑んだフラヴィオは、目元を和らげる。
ミゲルは敢えて両親の話をせず、明るい話題を選んでいる。
気の利く良い子だと思っていた。
(クレム様はご存知なかったかもしれないが、もしかすると、プレゼントを用意してくださるかもしれない……)
クレメントは、気配りのできる人だ。
フラヴィオを愛しておらずとも、きっとディナーは誘ってくれるだろう。
つい期待してしまうフラヴィオは、自然に頬が緩んでいた。
クレメントが気遣う相手は、この世にひとりだけだということを知らないフラヴィオだが、幸せいっぱいだった――。
にこにこと愛らしい顔をしたフラヴィオが、クレメントのことを考えているなどと思いもしないミゲルは、くすりと笑う。
「大丈夫です。兄様が忘れても、僕が覚えていますから……」
うっとりと兄だけを見つめるミゲルは、フラヴィオの柔らかな手を取った。
「今着ている服も素敵ですけど、プレゼントは兄様の好きな緑色の服を贈りたいです」
「そんな、気にしなくてもいいぞ? 私は毎年、ミゲルになにもあげることができなかったし……」
対面に座るクレメントを気にするフラヴィオが、ミゲルの手を離そうとするも、逆に両手でぎゅっと握りしめられる。
「そんなことありません。兄様と過ごせる時間が、僕にとっては最高のプレゼントですから」
「っ、ミゲル……。ミゲルは本当に……いつまでも心の清らかな良い子だな……」
「ふふっ、兄様だけですよ? 僕にそんな優しい言葉をかけてくれるのは……」
きらきらと輝く翡翠色の瞳に魅入られているミゲルは、ほうっと息を吐いた。
聞き上手なフラヴィオに甘えるミゲルは、過去の思い出話に花を咲かせる。
痛いくらいの視線を横顔に浴びつつ、ミゲルは決してクレメントに話を振らなかった。
両親の目を気にすることなく、愛する兄と一緒にいられる至福の時を過ごすミゲルは、フラヴィオが思うような良い子ではない。
仏頂面のクレメントは今まさに、敗北感に打ちひしがれているだろうと、ミゲルは内心ほくそ笑んでいた。
一方、無言で密着するふたりをじっと見ているクレメントはというと、フラヴィオの知らない話を聞けて喜んでいた――。
◇
宿屋に到着し、フラヴィオはミゲルと別れる。
今日は同室がいいと、珍しく駄々を捏ねていたミゲルを心配していたフラヴィオだが、ジラルディ公爵家に仕える人々が許すはずがなかった。
最も格式の高い部屋に入室した瞬間、今まで無言だったクレメントが口を開いた。
「すまない。ヴィオには、白が似合うと思っていた……」
急に謝罪されて驚いたが、すぐに察したフラヴィオはにこりと笑いかける。
「……ふふっ、そうだと思いました」
どこかしゅんとした様子のクレメントが、可愛らしくて仕方がない。
(私が伝えていなかっただけで、クレム様はなにも悪くないのに……)
クレメントが、フラヴィオを気にかけてくれていることをありありと感じ取れ、フラヴィオは内心歓喜していた。
「クレム様、上着を」
「……あ、ああ」
いつもはどれだけ重いコートでも、格好良く脱ぐクレメントが、なぜか手間取っている。
(もたもたするクレム様は、初めて見たな……。やはり可愛い……)
妻らしく、クレメントから上着を預かったフラヴィオは、想い人を見上げる。
「……ヴィオ? どうした?」
「緑は好きです。でも、今は……。黒が一番好き、です」
告白とも取れる発言に、クレメントはくわっと目を見開いた。
恥ずかしくなるフラヴィオが、コートを片付けると言い訳をしてその場を逃げてしまったものの、間違いなく想いは伝わったはずだ。
なにせ就寝時に、初めておやすみのキスをしてもらったのだ。
額に、だが――。
暑苦しいくらいにぎゅうっと抱きしめられるフラヴィオは、幸せすぎてなかなか眠れなかった。
そしてフラヴィオ以上に幸福感に包まれているクレメントは、たがが外れていた。
フラヴィオは幸せな気持ちのまま眠った後も、想い人に額にキスをされまくっていたことを知らない――。
ミゲルの悪意のある行為は、フラヴィオにとっては、またとない素晴らしい機会となっていた――。
334
お気に入りに追加
7,096
あなたにおすすめの小説
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
公爵家の次男は北の辺境に帰りたい
あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。
8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。
序盤はBL要素薄め。
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる