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しおりを挟む――翌朝。
目が覚めると、漆黒色の瞳と目が合う。
マッサージのおかげか、ぐっすりと眠れたフラヴィオは、今日も早起きをしているクレメントに微笑んだ。
「おはようございます」
「……ああ、おはよう」
朝から腰に来るような甘い声だ。
耳元で囁かれていたなら、フラヴィオはきっと醜態を晒していただろう。
しかし、そんな心配は無用である。
なにせクレメントは、寝台の側に用意した椅子に座った状態だからだ。
神殿の療養所で過ごしてきた時と、同じ距離。
未だに患者と神殿騎士だった頃の関係のままだと思うフラヴィオは、少しだけ胸が痛かった。
新婚夫夫なのだが、ふたりは一度として同じ寝台で寝ていなかった――。
「今日の服はどれにする? ヴィオの好みそうなものを選んでおいた」
フラヴィオの想いに気付いているのかはわからないが、クレメントはどこか楽しげに問いかける。
派手さはないが、フラヴィオに似合う服が三着用意されていた。
特にこだわりはないのだが、クレメントはいつもフラヴィオに選ばせてくれる。
無表情ではあるが、フラヴィオが選ぶのを楽しみにしているような、そんな空気が伝わって来ていた。
枕を共にすることがなくとも、クレメントはフラヴィオを大切にしてくれていると思う。
なにせピエールからは、クレメントは早起きが苦手だと聞いているからだ。
従兄弟情報なので間違いないだろう。
フラヴィオより早く起きて準備してくれるのは有り難いが、もしかしたら寝ていないのではないかと不安にもなっていた。
なにせフラヴィオは、クレメントの寝顔を一度も見たことがなかったのだ――。
(私は、無防備な姿を晒してばかりだというのに……)
寝顔が見てみたいと思うフラヴィオは、軽く朝食を取り、華やかな刺繍が施された白いジャケットを羽織る。
フラヴィオに用意される服は、白が多い。
(本当なら、クレム様の色を身に纏いたい……)
毎日違う服を用意してもらえるだけでも感謝しているフラヴィオは、もちろんそんな我儘は口にしないが……。
クレメントと共に宿のエントランスホールに向かえば、既に全員揃っていた。
笑顔で挨拶を交わすが、いつもフラヴィオだけが白を纏い、ジラルディ公爵家の人間は全員黒だ。
ひとりだけ浮いているような気がして仕方がないのだが、きっとクレメントはフラヴィオに白が似合うと思っているのだ。
フラヴィオは、ちらりと隣を盗み見る。
真っ黒なロングコートを着ているクレメントは、威厳があって男前だと思う。
中性的な容姿のフラヴィオは、皆が恐れる原因となっているクレメントの顔にある傷さえも、雄々しく魅力的に見えていた――。
「どうした?」
「っ、いえ、なんでもありません」
ドキリとするフラヴィオは、咄嗟に目を逸らす。
死角にいたとしても、クレメントは必ずと言っていいほどフラヴィオの視線に気付くのだ。
「フラヴィオ様ッ! よろしければ、こちらを」
馬車に乗り込む前に呼び止められる。
丸い空色の瞳の青年は、新聞を手にしていた。
暇潰しにと用意してくれたのだろう。
フラヴィオの目から見ても可愛らしい細身の青年は、どう見ても戦えそうにない。
だが、きっと剣の腕はあるのだろう。
「ありがとう」
「いえ! フラヴィオ様の記事がありますよ! すごく美人だって噂になってます」
耳打ちをされたフラヴィオは目を丸くする。
お辞儀をして下がった青年は、『気が利くな、アレクシィ!』と、皆から声をかけられていた。
きっと皆に好かれているのだろう。
とても感じの良い青年だと、フラヴィオも思う。
有り難く新聞を受け取ったフラヴィオは、クレメントにエスコートされて馬車に乗り込んだ。
さっそく新聞を読めば、大々的にフラヴィオの記事が載っていた。
(……私は、美人の部類に入るのか。衣装のおかげなのだがな)
どこか他人事のように読んでいたフラヴィオは、片隅の写真に目を奪われる。
(このお方が、ロミオ様……)
この時フラヴィオは、クレメントの前妻――ロミオ・ジラルディの姿を初めて目にしていた。
後妻を迎えるからか、ジラルディ公爵邸ではロミオに関するものはなにひとつなかったのだ。
ふたりは大恋愛をしていると知っていたフラヴィオは、肖像画すらないことを意外だと思っていた。
(……私も戦えたらよかったのに……)
ロミオが着ている服は、クレメントとお揃いの黒い軍服だった。
そのことに、胸がツキンと痛む。
知らないうちに溜息を溢していたフラヴィオは、クレメントに引けを取らない筋肉隆々のロミオの姿が、目に焼き付いていた――。
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