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65 ティト
しおりを挟むジラルディ公爵閣下に、庭師として雇われたティトだが、新たな主人に仕事を奪われたこともあり、今はせっせと荷物の運搬をしていた――。
ティトが運んでいる品はすべて、公爵閣下の後妻となったフラヴィオへの贈り物だ。
悪評のある後妻とはいえ、英雄の妻である。
ディーオ王国のすべての貴族から、祝いの品がひっきりなしに届いていた。
ティトより三つ歳下のフラヴィオは、とても聡明な青年だ。
ミランダという害虫に屈することなく、なんとか生きながらえていたのだ。
当主になることは叶わなかったが、英雄の妻の方がフラヴィオは幸せだろう、とティトは思う。
日雇いの仕事をしていたティトのもとを訪れた閣下には、『来るか』とだけ勧誘されていた。
通訳のアキレスから詳しい説明は聞いたものの、閣下は驚く程無口なのだ。
それが、饒舌とまではいかないが、必死に言葉を探している英雄の姿を思い出すティトは、フラヴィオが溺愛されていることを目の当たりにし、頬が緩むのが止められなかった――。
(でも、今も前妻を愛しているとの噂がある閣下の心を射止めたとは思わなかったな……。いや、フラヴィオ様ならありえるか)
同年代の子より背が低く、そばかすも目立つティトは、いつも笑いの標的にされていた。
真面目に働いても、容姿のせいで見下されていたのだ。
愛想笑いで誤魔化していたティトだが、傷付かないわけじゃない。
そんな時に助け舟を出してくれたのが、フラヴィオだった。
『手を抜くことなく、丁寧な仕事ぶりだ』と、顔を合わせる度にティトを褒めてくれていた――。
レオーネ伯爵家の嫡男がティトを褒めれば、皆のティトを見る目も自然と変わっていた。
後々気付いたことだったが、仕事に容姿など関係ないと話してくれていたのだ。
もしフラヴィオがティトを揶揄う者たちを注意していたならば、ティトが告げ口をしたのかもしれないと疑われた可能性もあった。
ティトの立場を考えて話してくれていたのだ。
(ミゲル様が来た時もそうだったな……)
複雑な心境になるティトは、溜息を堪える。
ミゲルのことは嫌いではない。
理由は単純に、ミゲルもフラヴィオを大切に想っていることを知っているからだ。
だが、フラヴィオを最も敬愛しているティトは、遠回りをして荷物を運ぶ。
何度も何度も勝手に滞在している客人がいる談話室を通るティトは、重要な任務中だった――。
「ねぇ、私たちも新しい衣装を用意した方がいいんじゃないかしら?」
じっとティトを観察していたミランダが、フィリッポに声をかける。
ティトを見ているというより、贈り物に目が釘付けだった。
「ああ。だが、パーティーは中止になったから、必要ないんじゃないか? まったく、閣下はなにを考えておられるんだか……」
ブツブツと文句を垂れるフィリッポは、焼き菓子を口に運び続けている。
閣下を敬愛する使用人たちがそこら中にいるが、怖いもの知らずなのだろうか。
それとも息子が英雄の後妻になったからと、閣下と対等になったとでも思っているのだろうか。
(パーティーが中止になったことで、命拾いしているというのに呑気なものだ)
本当にフラヴィオの父親なのかと、今でも信じられない思いだ。
心底間抜けな男だと思うティトは、淡々と仕事をこなしていた。
「それに、今は衣装を買う余裕が……」
「もうっ。フィリったら! よく考えて? 私たちは、ジラルディ公爵家の仲間入りをしたのよ? そんな私たちがみすぼらしい格好をしていたら、閣下の顔に泥を塗ることになるわ?」
「ふむ。言われてみれば、確かにそうだな……」
空っぽの頭でなにやら考え込むフィリッポは、ミランダという悪魔に取り憑かれているのだ。
だからといって、同情する気はこれっぽっちもないティトである。
「それに、私たちはフラヴィオの親なのよ? 衣装代くらいは、閣下がぽんと払ってくださるわよ」
「っ、そうか! そうだな! おい、そこの使用人ッ! 私たちのところにも、商人を呼べ!」
相変わらず傲慢な態度のフィリッポが、荷物を抱えるティトを指差す。
「かしこまりましたッ!!」
かつて不当な理由で解雇した相手だとも気付かないふたりは、地獄に落ちるだろう。
そう信じてやまないティトは、にっこりと笑顔で返事をしていた。
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