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しおりを挟む丸太のような腕を椅子にして、庭園を案内してもらった後に、邸に向かう。
当たり前のようにクレムに抱っこされていたフラヴィオだが、ある程度冷静になったところで、地面に下ろしてもらっていた。
(クレム様に会えて嬉しかったからといって、抱っこで公爵邸を案内してもらうなんて……。それこそ、噂通りの礼儀知らずな男だ)
使用人の目を気にするフラヴィオだったが、差し出された太い腕に手を添えていた。
「疲れたら言ってくれ」
また抱っこしてやるとばかりに、クレムに流し目を送られる。
ドキリとするフラヴィオは、咄嗟に太い腕に隠れていた。
「っ、すみません。もう体調は良くなっているのに……つい、甘えてしまって……」
「…………ぐっ。いや、気にしなくていい。身体は癒えているかもしれないが、長時間歩いていないだろう? だから、むしろ――」
なにやら懸命にフォローしようとしてくれているクレムが、フラヴィオの顔を見ようと必死だ。
(なんて可愛い人なんだろう……)
潔く顔を出したフラヴィオが、クレムに向かって照れたように笑った。
「……私も、かくれんぼは苦手みたいです」
「っ、」
トピアリーに隠れていたクレムを揶揄うような発言なのだが、どこか恥ずかしげにするフラヴィオの可愛さに、皆の目が釘付けになる。
自分で歩くと話しているが、フラヴィオはクレムの腕にしっかりと捕まっているのだ。
なんと愛らしい後妻なのだと、フラヴィオの一挙手一投足に注目が集まっていた。
「閣下ッ! 落ち着いてくださいッ!」
「っ、脈が……」
クレムが、はっ、はっ、と短い息を吐く。
丸一日大剣を振り回していても、一切呼吸が乱れることのない戦場の鬼神が、息を切らしている。
主人が狼狽える姿を初めて目にした使用人たちは、ある意味、最強の後妻がやって来たと、心の中で思っていた――。
「深呼吸深呼吸ッ! はいっ、俺の顔を見て!?」
仏頂面のクレムの前に立つピエールが、白い歯を出してニカッと笑っている。
クレムの口から『……失せろ』と聞こえた気がしたが、きっとフラヴィオの気のせいだろう。
ふたりのおかしな会話をとても懐かしく思うフラヴィオは、自然と笑顔になっていた。
「フラヴィオ様……っ」
囁くような小さな声が聞こえてくる。
視線を向ければ、きらきらと潤む深緑色の瞳が、フラヴィオを凝視していた。
「っ……キャシーッ!?」
ここにいるはずのない人物を発見したフラヴィオは、思わず声を上げる。
てっきりメイドは付けてもらえないと思っていたため、心底驚いていた。
レオーネ伯爵家にいた時の着古されたものとは違い、品のあるメイド服を着ているキャシーが、泣きそうな顔で微笑む。
会えない間に少し痩せたような気がして、フラヴィオは胸を痛めた。
「私についてきてくれてありがとう、キャシー。メッセージも受け取ったよ」
「っ、フラヴィオ様なら気付いてくださると思っていましたッ!!」
よかった、よかった、と喜ぶキャシーだが、小動物のような小柄なメイドに押しやられる。
「フラヴィオ様が、ようやく本物の王子様と会えてよかったですぅ~!! しかも、世界最強ッ!!」
今まで声をかけるのを我慢していたのか、興奮気味のマリカが、ぱあっと笑みを浮かべた。
「ふふっ、マリカもありがとう。だが、よくミランダが許してくれたな?」
「……え? 違いますよ?」
「ん? なにが違……――ッ!!」
それ以上は声にならなかった。
再度、翡翠色の瞳にぶわっと涙が溢れる。
ぼやけた視界には、フローラを敬愛していた使用人二十名が、ずらりと並んでいたのだ。
涙ぐむ使用人たちが、深々と頭を下げる。
今まで助けることができなくて申し訳ないと、目で訴えられるが、そんなことはどうでもよかった。
ミランダに解雇された使用人たちの消息が気がかりだったのだ。
全員が無事だったことを知り、フラヴィオはキツく唇を噛み締めた。
「もしかして、マリカやキャシーだけでなく、彼らも……クレム様が……?」
「ああ。ヴィオに心から仕えたいと願う者は、全員雇った」
「っ……」
クレムがさらりと答える。
いつからかはわからないが、フラヴィオが安心して過ごせる場所を用意してくれていたのだ。
どうしようもなく胸が熱くなる。
「だが……。ヴィオが、私を受け入れてくれるかもわからないのに、勝手なことをして……すまない」
次から次へと感動が押し寄せるフラヴィオに、なぜかクレムが謝罪した。
謝ることなどなにもない。
けれど、クレムは常にフラヴィオの意思を尊重してくれていたのだ。
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