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しおりを挟む信じられない光景に、フラヴィオは瞬きも呼吸も忘れて、クレムを凝視していた――。
「っ、おいッ!! フラヴィオッ!! 早く挨拶しないかッ!!」
フラヴィオはなぜクレムがここにいるのかと、驚いていただけだったのだが、フィリッポの目にはそうは映らなかった。
戦場の鬼神の顔面に、恐れを成したのだと思い、慌ててフラヴィオに駆け寄っていた。
「閣下、大変申し訳ございませんっ。とんだご無礼をッ!! フラヴィオは学園に通っておらず、礼儀知らずでして――ッ!!」
急にフィリッポが謝罪する声が消え去る。
目の前に広がる衝撃的な光景に、誰もが脳天に強烈な一撃を食らったような顔を晒していた。
どのような強敵を前にしても、一度として平伏すことのなかった戦場の鬼神が、フラヴィオの前で跪いたのだ――。
黒い軍服の左胸を飾る、目がチカチカするほどの数々の勲章が光り輝く。
「言いたいことは沢山あると思うが……」
緊張しているのか、クレムが咳払いをする。
片膝をついている状態なのだが、棒立ちのフラヴィオと同じくらいの目線だ。
真っ直ぐに、フラヴィオを見つめる黒曜石のような瞳に射抜かれる。
ドクドクと耳まで心臓の音が聞こえているフラヴィオは、クレムが戦場の鬼神と呼ばれる英雄なのだと、ようやく気付いていた――。
「私の、生涯の伴侶になってくれないか……? ヴィオが嫌なら、無理にとは――ッ!!」
クレムがなにやら懸命に話していたが、胸がいっぱいになっているフラヴィオは、我を忘れて逞しい胸に飛び込んでいた。
「っ、クレム様ッ!!!!」
急に走り出したフラヴィオを、クレムはいとも簡単にガシッと抱きとめる。
しかし、固唾を飲んで見守っていた人々は、可憐な美青年が、なんの躊躇もなく冷酷無情と恐れられている主人に飛びついたことに、度肝を抜かれていた。
「っ……ヴィオッ。い、いいのか? 私で……。歳も一回りは違うし……。容姿だって、ヴィオとは釣り合っていないことはわかっている……。それに、私の立場を考えなくても、いいんだぞ?」
本当にいいのか、と何度も問いかけるクレムだが、逞しい腕はフラヴィオの華奢な体を強く抱きしめたままだ。
歓喜で言葉が出てこないフラヴィオは、何度も頷く。
クレムに力いっぱい抱きしめてもらいたいと、ずっと願っていた夢が叶ったフラヴィオの瞳からは、熱いものが止めどなく零れ落ちていた――。
「クレム様っ……クレム様っ……クレム様っ……」
「っ…………ぐっ」
赤面するクレムが、ただひたすらに名を呼ぶフラヴィオを抱き上げる。
鋭い漆黒色の瞳は、愛おしいとばかりに熱を孕んでおり、庭園に歓声が轟いていた――。
「あれだけ影練していたというのに、愛しているの一言も言えないとは……。なんと情けない。天下の戦場の鬼神が、聞いて呆れます」
アキレスの苦言を呈する声に、きらきらとした笑顔の部下たちが同意する。
「ハハッ。こんな大切な場面でも、アキレス様の通訳が必要だなんて!」
「いやいや、相手がフラヴィオ様だからじゃないか?」
「それに、閣下の口から愛しているだなんて言葉を聞いたら、きっと鳥肌ものだぜ?」
「クククッ。言えてるな!!」
豪快な笑い声が響き、フラヴィオはちらりと顔を上げる。
失礼な会話はバッチリと聞こえている様子のクレムだったが、口元はかつてないほど緩んでいた。
「今はジラルディ公爵領となったが。レオーネ領にも、ヴィオの母上が好きな青い花が咲いている。近々、見に行かないか?」
「っ、はいっ。喜んでご一緒させていただきます」
にっこりと、愛らしい顔を間近で見つめたクレムの胸は、ぎゅん、と爆音を立てる。
仲睦まじく話すふたりを目撃するも、いつまでも状況を把握出来ないレオーネ伯爵一家は、誰からも気にかけられることなく、取り残されていた。
「フラヴィオ様を喜ばせるために、このだだっ広い庭園の花を、閣下がひとりで植えたんですよ?」
得意げに告げたピエールが、片目を瞑る。
クレムの目付きが鋭くなるが、フラヴィオが感動したように反応すれば、すぐに顔を綻ばせた。
「っ……まさか、おひとりで? 一体、どれほどかかったのですか?」
「大したことはない。……ヴィオの喜ぶ顔を想像していたら、すぐに終わった」
なんてことないように、ふっ、とクレムが口角を上げる。
フラヴィオの大好きな、可愛らしい笑顔だ。
クレムの行動に感極まっているフラヴィオは、ぎゅっと隙間なく抱き付く。
熱い視線で見つめ合うふたりは、総勢三百名を引き連れて、世界一愛情のこもった庭園を満喫していた――。
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