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 要塞のようなジラルディ公爵邸に到着する。
 当たり前のことなのだが、レオーネ伯爵邸とは比べ物にならないほど壮大だった。

(しかし、時が止まったかのように静かだ……)

 歓迎されることはないとわかってはいたものの、迎えも来ないようだ。

「いつまで待たせる気だ!? 閣下は、本当に納得しているんだろうな……?」

「もう、フィリったら。ぷりぷりしないのっ」

 待たされていることに文句を垂れるフィリッポと、観光気分のミランダ。
 外の様子が気になるフラヴィオは、馬車のカーテンをちらりと開けたが、瞬時に手を離していた。

(っ、ざっと三百人はいた……。でも……母様の好きな花が……)

 真っ青な花畑が見えた気がしたフラヴィオは、とくんと胸が高鳴る。
 軟禁されたとしても、ネモフィラの花が見られる部屋ならいいな、と心をときめかせていた――。

 ノックの音がし、馬車の扉が開く。
 真っ先にフィリッポが馬車をおり、その後をミゲルが慌てて追いかける。
 父親が無礼なことを言う前に、フラヴィオもおりようとしたのだが、ミランダに腕を掴まれた。

「フラヴィオ。わかっているわね? 閣下に気に入られて、レオーネ領を取り戻してちょうだい。すべてはあなたの大切なミゲルのためよ?」

 フラヴィオの耳に、信じられない言葉が届く。
 取り戻すもなにも、フラヴィオにそのような権限はない。

(国王陛下が決定されたことだというのに、ミランダは頭がいかれているのだろうか……?)

「あなたはフローラに似て賢い子だもの……。その憎たらしい……いいえ、美しいお顔で閣下を誘惑なさい。貧弱な体だけれど、あなたは若いもの。前妻に一途な閣下でも、きっとイチコロよ?」

「っ…………なんて下品な」

「ふふっ、なんとでも言ってちょうだい。私ね? あなたのことは好きにはなれないけれど、これでも誰よりも期待しているのよ?」

 心底軽蔑した目を向けたフラヴィオは、雑に腕を振り払う。
 ミランダがフィリッポに言いつけようが、どうでもいい。
 どれだけ罵倒されようと、フラヴィオは国の英雄を誘惑するつもりなど、これっぽっちもなかった。

「なにかありましたか?」

「っ、いいえ。なんでもありませんわ!」

 アキレスの整った顔に見惚れているミランダが、うっとりとしながら手を差し出す。
 にこりと微笑んだ美丈夫は、ミランダの手を取るかと思いきや、華麗に無視していた。

「フラヴィオ様。閣下が見つけて欲しいそうです」

「……はい?」

「この期に及んで恥ずかしがっておられるご様子で……。ふふっ。ですが、隠れきれておりませんので、すぐに見つかるかと」

 アキレスに相手にされず、膨れっ面のミランダがひとりで馬車をおりる。
 案の定、ミランダが夫に泣きつき、『フラヴィオッ! 早く出てこいッ!』と、フィリッポの怒号が響く。
 途端に、ざわざわと人の声が聞こえ始めた。

 激しい揺れにふらつくも、溜息を堪えるフラヴィオがアキレスの手を取って馬車をおりれば、騒いでいた人々が一斉に息を呑んだ。

「「「っ…………」」」

 辺りが静まり返る様子に戸惑う。
 多くの人から注目されることに慣れていないフラヴィオだが、凛と背筋を伸ばしていた。

 ジラルディ公爵邸にかつてない衝撃が走る――。

 英雄に仕える有能な使用人たちだが、屈強な大男だと思っていたフラヴィオ・レオーネが、儚げな美人だったことに驚きを隠せないでいた。

 緊張していたフラヴィオだが、目の前に広がる青い花畑に圧倒される。

(まるで空を飛んでいるようだ……。いや、海に溺れている感覚か……。なんて素晴らしい庭園なんだ。こんなに素敵な場所は、初めて…………ん?)

 可愛らしいハート型のトピアリーに、隠れるように立っている大男がいる。
 顔は見えないが、体はほとんどはみ出していた。

(……かくれんぼが下手すぎる。我が国の英雄は、随分とお茶目なお方のようだ)

 思わずといったようにフラヴィオが笑みをこぼせば、総勢三百名がほうっと息を吐く。
 若く美しい後妻の登場を、ようやく現実だと受け止めた人々が、今度は主人の心配を始めた。

――妖精のような絶世の美人が、戦場の鬼神の容姿を受け入れられるはずがない。

 全員の心の声が、一致した瞬間だった。

 フラヴィオがゆっくりと歩みを進めるも、使用人たちに緊張が走っている。
 そして、フラヴィオに付き添ってくれていた神殿騎士六名の手によって、大男が引っ張り出された。
 見慣れた黒髪が見えた瞬間に、フラヴィオは限界まで目を見開いていた。

「っ…………」

 ずっと探していたフラヴィオの想い人――。
 どこかそわそわとするクレムが、フラヴィオの顔色を窺っていたのだ。

















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