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しおりを挟む祝福の儀から半月が経過し、フラヴィオは療養所から去る日を迎えていた――。
本当ならすぐに嫁ぐ予定だったが、ジラルディ公爵閣下の指示により、フラヴィオの体調が回復するまでは、神殿で療養していたのだ。
祝福の儀の後は寝込んでいたが、お陰様でフラヴィオの体調はすこぶる良かった。
(閣下は後妻を迎える日を、一日でも伸ばしたかったのだろう。こちらとしても、助かったが……)
戦場の鬼神の最大限の気遣いは、残念ながらフラヴィオには全く伝わっていなかった――。
本日は病衣ではなく、煌びやかな衣装に袖を通したフラヴィオは、気を引き締める。
少しでも健康的に見えるようにと、薄らと化粧を施してもらった。
全身が映る鏡の前に立てば、フラヴィオのほんのりと色付く桃色の頬は、見事に引き攣っていた。
(期待外れの後妻だというのに、豪華すぎないか……?)
シルク生地に金糸で複雑な模様が刺繍された豪華な衣装は、公爵閣下から贈られたものだ。
彼が資産家だということはわかっていたものの、それでもお飾りの妻には分不相応である。
ただ、金髪のフラヴィオにはよく似合っており、普段よりも魅力的に見える衣装だった。
「なんと美しいのでしょう……」
誰よりも美しい顔で、アキレスがうっとりと呟けば、神殿騎士たちも同意する。
少し大袈裟だろうと思っていたフラヴィオだが、にこりと微笑んだ。
「っ……妖精かッ!?!?」
ピエールが訳のわからぬことを言っているが、誰も否定しない。
この場にいる全員に、本気で妖精でも見るような目を向けられてしまう。
お世辞でも照れてしまったフラヴィオは、無言で目を伏せていた。
(私のモチベーションを上げようとしてくれているのだろう。クレム様の言う通り、優秀な方々だ)
アキレスを先頭に、本日は軍服姿の神殿騎士たちに囲まれるフラヴィオは、彼らに心から感謝する。
すれ違うすべての人々の目を奪っているというのに、自身が飛び抜けた美貌の持ち主であることを、相変わらず自覚していないフラヴィオは、豪華な衣装を見られているのだと思い込んでいた――。
神殿の前には、既にジラルディ公爵家の家紋入りの馬車が到着していた。
ディーオ王国で唯一の漆黒色の豪華な馬車は、当たり前だが目立っている。
毛並みの美しい壮麗な馬の毛も、フラヴィオの好きな黒だ。
世話になった神殿騎士、一人一人に挨拶をしたフラヴィオだったが、最後までクレムの姿を見ることは叶わなかった――。
(やはり、怒っているのだろうな……)
ルーチェ神殿を見上げるフラヴィオは、最後に見た広い背を思い出していた。
「フラヴィオッ!! 無事だったのねッ!!」
背後から聞こえた声に、フラヴィオの全身に鳥肌が立った。
渋々振り返れば、感動の再会とばかりにミランダが橙色の瞳を潤ませていたのだ。
内心げっそりとしているフラヴィオだが、無視するわけにもいかない。
個人的には会いたくない相手だったが、ミゲルの母親でもある。
「あなたがマルティンに誘拐された時、すぐに駆けつけられなくてごめんなさいねっ」
まるで最愛の息子を誘拐された母親のように、被害者ぶっているミランダ。
だが、レオーネ伯爵夫人として迎えられた日のように、これでもかと全身を飾り付けている。
本日の主役であるかのように登場したミランダを冷めた目で見ていたのは、フラヴィオだけではなかったが、ミランダはまったく気にしていなかった。
(領地を没収されたというのに、また随分とふくよかになったな……)
危機感がなさすぎる。
なにか企んでいるのかと警戒するフラヴィオのもとに、ミゲルが飛んで来る。
「っ、兄様……」
兄弟だというのに、見惚れている様子のミゲル。
穴の開くほど見つめられ、フラヴィオはくすりと笑った、が。
「なんだ、随分と元気そうだな?」
のしのしと歩いて来た能天気なフィリッポの発言に、場が凍りつく。
神官たちから非難するような視線を浴びているのだが、フィリッポは注目されていると勘違いしていた。
「閣下がお待ちだ。今すぐ出発するぞ」
キリッとした顔で告げられたフラヴィオは、呆れてものも言えない。
公爵閣下に嫁ぐことに関しては、ミゲルから話を聞いていたが、父親であるフィリッポからは一切説明を受けていないのだ。
本当ならば当主になるはずだったフラヴィオが、どんな思いで祝福の儀を受けたのか。
フラヴィオが父親の尻拭いのために嫁ぐことを、フィリッポは当たり前だと思っているのだ。
謝罪や感謝の言葉を期待していたわけではないが、フラヴィオは最低な父親に冷ややかな視線を送らずにはいられなかった。
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