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「ミゲルッ!!」

 疲弊した様子のミゲルの姿を目にしたフラヴィオは、悲鳴にも似た声を上げていた――。

 クレムと別れてから数時間後に、ミゲルがフラヴィオを訪ねて来たのだ。
 神官長にふたりきりで会いたいと頼み、フラヴィオは神殿の一室で待っていた。
 そこへミゲルが案内されて来たのだが、喧嘩でもしたのか、ミゲルの顔に痛々しい無数の擦り傷が出来ていたのだ。

「兄様ッ! ああ、よかった……」

 今にも泣きそうになっているミゲルが、フラヴィオに飛びつく。
 会いに来てくれたことを嬉しく思うフラヴィオだったが、すぐに体を離していた。

「なにがよかったんだ。その顔はどうした? ……まさか、父親にやられたのか?!」

 キャシーからのメッセージを受け取っていたフラヴィオの表情が、瞬時に険しくなる。
 無理やり嫁がされそうになり、ミゲルは神殿に逃げて来たのかもしれないと、フラヴィオは盛大な勘違いをしていた。

「あの男。ついにミゲルにまで手を出すとは……。見損なったぞ。いや、元々最低な人間だとわかっていたが……。そんなことより、大丈夫か? ミゲル。可哀想に……。早く治療しないと」

「…………兄様」

「ん?」

 どこか呆れたように名を呼ばれたフラヴィオは、よくわからないまま首を傾げていた。

 鍛えているミゲルが、堕落した生活を送る老いた豚にやられるはずがない。
 だというのに、フラヴィオの中でのミゲルは、いつまでも心の清らかなか弱い存在なのだ。
 擦り傷が出来たくらいで心を痛めてくれる愛おしい兄を、ミゲルはキツく抱きしめていた――。

 そして、五日も前から神殿を訪ねていたこと。
 神殿騎士たちに不審者だと思われ、犯罪者の如く酷い扱いを受けていたことを聞いたフラヴィオは、驚きに目を丸くする。

 神殿騎士は、フラヴィオのような患者にとっては頼もしい存在だ。
 加えて、クレムやピエールが非道なことをするとは思えない。

(それに、クレム様は素性の知れない私を、お祖父様とも会わせてくださったんだ……)
 
 懸命に訴えているミゲルの話に相槌を打つフラヴィオは、クレムのことを思い出していた。
 いつもならミゲルの話を全面的に信用していたフラヴィオだが、少し過剰に話しているのではないかと思ってもいた。

「兄様に会わせてほしいと頼んだだけなのに、拘束されたんですッ! 僕は、兄様の家族なのにッ!」

「……あ、ああ、それには深い事情があって――」

「僕は兄様がいなくなったと知って、死に物狂いで探していたっていうのにッ!! マルティンに誘拐されたと聞いて、心配で心配でたまらなかったんです。あの男は兄様に執着していますから、なにをするかわかりません!」

 フラヴィオが説明しようとしたのだが、ミゲルは興奮状態だった。
 それだけフラヴィオを心配してくれていたのだろうと思ったのだが、少し落ち着いてほしい。
 喋り続けるミゲルの目が血走っており、迫力があった。

「もしかしたら、命の危険を感じた兄様が、神殿に逃げ込んだのかもしれないと気付いたんです。それで来てみれば、シャール殿下が兄様を保護したと説明を受けました。でも、兄様の口から話を聞かないと、どうにも信じられなくてっ。だって相手は、嘘吐きマルティンの婚約者ですよ?! 共犯かもしれない」

「シャーリー様は信頼出来るお方だよ」

 大丈夫だと安心させるように話したのだが、ミゲルは眉を顰めた。
 露骨に不機嫌な顔をするミゲルに、フラヴィオは困ってしまうのだが、味方だと説明していた。
 フラヴィオが落ち着くように告げ、ふたりは並んでソファーに腰を下ろす。
 優しく頭を撫でてやれば、ミゲルは忠犬のようにすぐに大人しくなった。

「あっ、そうだ! 僕、剣術大会で優勝したんですっ! 一番に、兄様に優勝トロフィーを見せようと思ったのに、忘れてきちゃいました……」
 
「っ、そうか! 凄いな、ミゲル! 優勝おめでとう。トロフィーも見てみたかったが、私はミゲルの元気な顔が見られて嬉しいよ」

「っ……兄様ッ!」

 ぱあっと笑顔になったミゲルが、フラヴィオに頬ずりをする。
 擽ったいと言ってもやめないミゲルは、相当心細い思いをしたのだろう。
 大きくなっても幼子のように甘えるミゲルが可愛くもあり、羨ましいと思うフラヴィオは、暫くの間、異母弟のされるがままだった。


 なにかあった時にすぐ動けるようにと、隣の覗き部屋で待機していた黒騎士たちは、もう離れたくないとばかりにミゲルがフラヴィオに密着している姿を、皆一様に渋い顔のまま観察していた――。












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