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 療養所での生活にも慣れ、あっという間に一ヶ月が経過していた。
 いつものように庭で食事を終え、クレムと共に部屋へと向かう。
 和やかに会話していたのだが、漆黒色の瞳がすっと細められた。

「あらあら。こんなところに、すんごく強そうな神殿騎士様がいるじゃなぁ~い?」

 にんまりと笑っている、ブルーのフェミニンなドレスを着た男性に絡まれる。
 フラヴィオが友人に挨拶しようとしたのだが、クレムは必要ないとばかりに部屋の扉を開けた。

「って、ちょっとッ!! 無視しないでよッ!!」

 第五王子殿下を平気で無視するクレムの態度に、フラヴィオは内心ヒヤヒヤしていた。
 ふたりが顔を合わせる度に、なぜかいつも険悪な空気になるのだ。

(クレム様が一方的に、だが……)

 大きな目を吊り上げるシャール殿下が、左手に持っていたバスケットを、クレムの目の前に突き出した。

「ヴィオが果物が好きだって聞いたから、せっかくお土産を持って来たのにッ!」

「……明日は桃を食べよう。ヴィオは、桃は食べられるか?」

「あ、はい。好物です」

 フラヴィオの返事を聞いたクレムは、高級な桃を引ったくるように受け取った。
 そして、その場で丸齧りする。

(っ、なんて男らしい食べ方なんだ……)

 呆れ顔をするシャール殿下だが、クレムの行動を咎めることはない。
 今のフラヴィオが口にするものは、すべてクレムが先に食べている。
 なにか言われたわけではないのだが、きっとクレムは毒味をしてくれているのだと、フラヴィオは気付いていた。

 ソファーに腰掛け、ピエールが紅茶を用意する。
 他愛もない話をしていたのだが、シャール殿下が一通の手紙を机に置いた。

「出来れば、読んでくれたら嬉しいわ」

「……マルティンですか?」

「ええ。自分で必死に考えて、何度も書いていたの。きちんと反省したと思うわ? 直接謝りたいって話していたけれど、今はまだ謹慎中なの」

「……謹慎中?」

「いろいろあってね? マルティンのお父様が激怒しているの」

 そう言って、フラヴィオの隣に座るクレムに、意味深な視線を送るシャール殿下。
 詳しいことはよくわからないが、フラヴィオは分厚い手紙を受け取っていた。

「それからもうひとつ。キャシーからよ」

「っ、」

 次にフラヴィオが受け取ったものは、手紙ではなく恋愛小説だった。
 かつてマリカとキャシーが、暇潰しにとフラヴィオにくれたものだ。

「ヴィオに会うために、トレント侯爵家まで足を運んでいたのよ?」

「っ、キャシーが? マリカは……?」

「それが、ひとりだったの。仕事を辞めたわけでもなさそうだったし、なんだか様子がおかしくてねぇ? 念のために調べてみたけれど、ただの小説だったから。一応渡しておくわ?」

 ふたりを思い出すフラヴィオが、古い小説の表紙を撫でる。
 久々に読もうとすると、隣からごくりと喉が鳴る音がした。
 いつも堂々としているクレムの額から、汗がツーッと流れている。

「ねぇ、ヴィオ。って、知っているかしら?」

 笑顔で頬杖をつくシャール殿下の言葉に、なぜか室内に緊張感が走る。

「はい、存じ上げております。……と言っても、お会いしたことはありませんが」

「「「…………」」」

 なんとも言えない空気が流れる。
 ディーオ王国で、戦場の鬼神の顔を知らない者はいないのだろう。
 フラヴィオが狭い世界で生きてきたことが、クレムとピエールに露呈ろていしてしまった。
 隠すつもりはなかったが、クレムがどんな顔をしているのかを確認できない。
 空気を変えるべく、フラヴィオは自身が知っている情報を口にすることにした。

「ディーオ王国のために尽力した英雄であり、奥様とは大恋愛をなさったお方ですよね?」

「っ、違うッ!!!!」

 急に大声を上げたクレムが立ち上がり、フラヴィオは驚きすぎて心臓が止まりそうになった。
 慌てて謝罪したクレムが、静かに腰を下ろす。
 小刻みに足が揺れているクレムは、珍しく落ち着きがない。

「ヴィオは、彼のことをどう思う?」

 クレムを気にしていたフラヴィオだが、真っ直ぐに前を向く。
 好奇心でいっぱいのような黄金色の瞳を見つめるフラヴィオは、にこりと微笑んだ。

「そうですね。とても素敵なお方だろうなと……」

「っ……なんで!? なんでそう思ったの!?」

「命懸けで国民を守ってくださるところも尊敬しますが。奥様が亡くなられてもなお、愛しているだなんて……。一途で、素敵なお方だと思います」

 フラヴィオに熱い視線を送っていたクレムだが、今は生ける屍になっていた――。














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