期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん

文字の大きさ
上 下
45 / 129

44

しおりを挟む


 秋めいて明るく澄んだ空の下。
 大男が懐から取り出した折り畳みナイフが、キラリと光る。
 熊のように大きな手に握られているからか、フラヴィオの目には、果物ナイフが子供のおもちゃのように見えていた――。

 治療を始めて一週間。
 体調は少しずつよくなっているにもかかわらず、フラヴィオは食欲不振だった。
 食事に毒など入っていないとわかっている。
 それでも、また具合が悪くなってしまうのではないか、という恐怖から来るものだった。

 そのことを知るはずのないクレムが、食事は庭で食べようと提案し、今はするすると林檎の皮を剥いている。

「とてもお上手なんですね」

「……まあ、毎日扱っているからな」

 フラヴィオを横目で見ながら答えたクレムだが、手は動き続けている。
 迷いのない、慣れた手付きだ。
 昨日は兎の形で、今日は木の葉の形。
 食べるのが勿体ないと思うほどの芸術品だった。

「凄い……」

 あっという間に完成した林檎を、フラヴィオは自然と手に取っていた。
 きっと療養所で過ごす家族のために、やり方を覚えたのだろう。
 クレムという男はなんと努力家なのだと、フラヴィオは胸を打たれていた。

(大切な人のためなら、自分に出来ることはなんでもする人なのだろう……)

 クレムの内面を知る度に、フラヴィオは尊敬する気持ちが増していく。

「明日は、薔薇にしようか」

「っ、他にも出来るんですか?」

「……ヴィオの望みであれば」

 なにやらぼそりと告げたクレムは、自分用の林檎も切るが、形はおざなりだ。
 フラヴィオには特別に、目でも楽しめるように工夫してくれていたことがわかる。
 その心遣いが嬉しいと思うフラヴィオは、用意してくれた林檎を完食していた。

 他者が見れば、苛々するかもしれないと思うほどゆっくりだったが、クレムは急かすことなくじっと待っていてくれた。

「……少し、寝るか?」

「いえ……。今はお話ししたいです」

 もこもことした触り心地の良い膝掛けを手にするクレムが、そうか、とだけ答える。
 もしここでフラヴィオがイエスと答えたら、膝掛けでそっと包まれる。
 赤子のように抱っこされ、クレムはゆりかごになってくれるのだ。
 気を遣うフラヴィオは、少しだけがっかりしたようなクレムから膝掛けを受け取った。

(……もっと強引に誘ってくれたらいいのに……。って、なにを考えているんだ、私はっ)

 療養中の身だからこそ、クレムはフラヴィオに優しく接してくれているのだ。
 それなのに、なんと浅ましい人間なのだと、フラヴィオは己を恥じる。

 本心では、クレムに抱っこしてほしい。
 だが、母親を早くに亡くし、父親と関わりがなかったフラヴィオは、甘え方を知らなかった――。

「眠るまで、お話しすることもできますよ?」

「っ、」

 今まで空気になっていた男の優しい声が届く。
 背後から声をかけてくれたのは、クレムがフラヴィオの話し相手にと連れて来てくれた神殿騎士だ。
 サイドが短く、角ばった髪型が特徴的なピエールが、ニカッと笑う。
 微笑み返したフラヴィオだが、クレムになんと言ったらいいのだろうと考え込んでいた。

 膝掛けを握りしめて、もじもじしているフラヴィオを眺めるふたりの男が、真顔で悶絶していることも知らずに――。

「クレム様……。やっぱり、少しだけ……眠い、かもしれません」

「っ…………ぐっ」

 遠回しにではあるものの、願望を口にしてしまったフラヴィオが、自ら膝掛けにくるまった瞬間――。
 掻っ攫われるように抱き上げられていた。

「かっ……クレム様ッ!! もっと優しくッ!! ヴィオ嬢が窒息してしまいますッ!!」

「っ、あ、ああ……。大丈夫か? すまない」

「っ……謝った!?!?」

 バクバクと激しく心臓の音が鳴っている中、クレムがピエールに怒られている。
 そしてクレムが素直に謝罪したというのに、ピエールはいつも驚くのだ。
 そんなおかしな会話が面白くて、フラヴィオはあたたかな腕の中でこっそりと笑っていた。

 朝夕と、必ずフラヴィオの顔を見に来てくれるクレムは、フラヴィオのことを詮索しない。
 観察眼が鋭いクレムのことだ。
 もしかしたら、既にフラヴィオが男だとわかっているのかもしれない。

 目を伏せていれば、フラヴィオが眠ったと思ったのか、クレムはそっと髪を撫でてくれる。
 どこかぎこちない手付きなのだが、心地よい。
 
 結局、すぐに眠りに落ちたフラヴィオは、ふかふかな寝台よりも、安心できる場所を見つけていた。

















 
しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

処理中です...