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41 キャシー
しおりを挟む「ハッ、ふざけるな。僕と兄様が、こっそり会っていることを知っていたくせにッ!!」
温厚なミゲルが怒鳴り声を上げる。
ミランダはビクッと反応したものの、男に肩を抱かれれば、安心したように胸元を押さえた。
聖女のような仕草なのだが、素顔のミランダはいかんせん不細工である。
「…………ミゲル? よく聞いて。あなたたちは、半分血が繋がっているの」
「っ、そんなこと、言われなくても――」
「シーッ」
人差し指を唇に当てたミランダ。
使用人の男が、ミランダにガウンを羽織らせる。
ふたりの代わりにフラヴィオの世話を任されていた男だとわかり、キャシーは思わず眉を顰めた。
「婚姻することはできないけれど、ずっとフラヴィオのそばにいることはできるわ? 私たちみたいにね?」
うっとりと見つめ合うふたりに反吐が出る。
隣からは「オェッ」と聞こえ、キャシーは直様マリカの口を手で塞ぐ。
ミランダが不貞を働いていたことをなんとなく察していたふたりは、決定的な現場を目撃することとなっていた。
(ミランダを心底愛している伯爵が知れば、きっと激怒するはずよ。報告したら、さっさと出ていけばいい)
一度疑い始めると、どれだけ愛している相手でも信じられなくなるはずだ。
キャシーがミゲルを信用できなくなったように――。
「実はね? フラヴィオに、縁談の話が来ているの。……後妻として、だけれど」
「「っ……」」
伯爵に知らせる方法を考えていると、フラヴィオの名が上がる。
しかも、超重要事項だ。
キャシーたちを信用しているのか、ミランダの橙色の瞳はミゲルだけを見ていた。
「安心して。まだ正式に申し込まれたわけではないわ?」
「っ、断ってくださいッ!! 兄様は、レオーネ伯爵家の当主になるお方ですよ!?」
「私もそう思っていたのだけれどねぇ。相手は公爵家よ? フィリはきっと断れないわ?」
ミランダが困ったように眉を下げる。
だがマリカとキャシーは、見抜いていた。
ミゲルを当主にしたいミランダこそが、この縁談に乗り気だということを……。
「でも、婚姻したとしても確実に離縁されるはず。だって相手は、十年前に戦争で亡くなった伴侶を、今でも愛しているんですって。しかも、隣国との戦での活躍ぶりは、今でも武勇伝として語られているのよ?」
「っ……まさか、」
「そう。そのまさかよ! 今も最強夫夫と噂されているのは、あなたも知っているでしょう? そんな相手に、剣も握れないフラヴィオが気に入られるはずないじゃない?」
公爵家、伴侶を亡くしている、最強夫夫。
三つのワードで、ディーオ王国の英雄の顔が浮かんだキャシーは、顔面蒼白になる。
(嗚呼、そんなっ。相手が悪すぎる……)
いくら頭が回るフラヴィオでも、戦場の鬼神を相手にすることはできないだろう。
しかも戦死した公爵閣下の伴侶は、今もジラルディ公爵領の民から愛されている。
誰が嫁ごうと、冷遇されることは確定したも同然の地だ――。
「ミゲル。一年だけ、我慢したらいいの。そうしたら、フラヴィオはあなたのもとに帰ってくる。傷付いたフラヴィオを癒せるのは、ミゲル。あなたしかいないのよ」
あれだけ怒り狂っていたミゲルが、ミランダの話を聞いて考え込んでいる。
(ここにいては不味いわっ。すぐにフラヴィオ様に報告しないとッ!)
マリカと目配せをしたキャシーは、ゆっくりと後退る。
部屋から出たところで走り出そうとしたが、グッと肩を掴まれた。
キャシーの細い体が飛び上がる。
「そんなに慌ててどこに行くんだ?」
「っ……」
ミランダの愛人だと思って振り返れば、にっこりと笑っているミゲルだった。
「兄様はどこにいる?」
「っ、知りませんよっ!! 私たちは、ミランダ様のメイドですからっ!!」
キャシーを守るように前に出たマリカが叫ぶ。
嫌味を言われたことに気付いている様子のミゲルの頬が、ひくりと痙攣していた。
「兄様を連れ戻す。だからふたりも、僕に協力するように」
ミゲルはフラヴィオのそばにいたいがために、ミランダの案に乗ったのだ。
この先フラヴィオが、不幸になるとわかりきっているのに……。
自分のことしか考えていない。
「っ、」
今は従っておこうと思っていたキャシーは、目の前に突き出されたものを見て、言葉を失った。
喉から手が出るほど欲しているものが、キャシーの目の前にぶら下がっている。
フラヴィオの大切な母の形見を、力一杯握るミゲルに見下ろされたキャシーは、心の底から過去の過ちを悔いていた――。
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