41 / 129
40 キャシー
しおりを挟む――深夜のレオーネ伯爵邸にて。
邸内を走り回る人物の足音で、キャシーは目を覚ましていた。
「マリカッ、起きて!!」
「ん~? な、なに?! 泥棒?!」
「違うわッ! きっとミゲル様よッ!」
ハッと飛び起きたマリカと共に部屋を出れば、必死な形相をするミゲルを発見する。
右手には、なにやら鈍器のようなものを持っており、マリカとキャシーは悲鳴を堪えた。
ミゲルの愛するフラヴィオが、この悍ましい邸から姿を消したのだ。
慌てるのも無理はない。
フラヴィオが安全な場所にいると思っていたキャシーは、そのことをミゲルに伝え忘れていた。
……というより、言えなかった。
(フラヴィオ様に、赤髪の王子様が迎えに来ただなんて、言えるはずもないじゃない……)
最初はミゲルの恋を応援していたキャシーだが、今は違う。
どうもひっかかることがあったのだ。
ミランダのメイドに指名された時、キャシーはミゲルに助けを求めた。
でも、『僕にはどうすることもできないよ』と、力になってもらえなかった。
それから突き放されたように、ミゲルと関わることが無くなったのだ。
フラヴィオが助け出されてからも、キャシーはフラヴィオの噂を聞き回っていた。
そのおかげで、フラヴィオの前では気遣いの出来るミゲルが、外に出れば積極的に行動していないことを知ることになっていた――。
ミゲルはフラヴィオに、前サヴィーニ子爵夫人が亡くなったことを知らせていなかったのだ。
祖父母が大好きなフラヴィオを、悲しませたくないと思ったのかもしれない。
でも、だからこそ伝えなければならないことだったと、キャシーは思っていた。
(だってそのせいで、フラヴィオ様は祖母の葬儀にも参列しない、不届き者だと噂されていたんだもの……)
フラヴィオは病のせいで顔を出せないと、ミゲルが一言言えばいいだけの話だ。
それに、サヴィーニ子爵にだけは、手紙でも伝えることができたはず。
もしキャシーがミゲルの立場だったなら、声を上げ続けていただろう。
フラヴィオには、事あるごとに『ミランダの息子である僕の話は、誰も信じてくれない……』だなんて話していたけれど、本当にそうなのだろうか?
フラヴィオに構ってもらいたいがために、可哀想な子を演じているように思えてならなかった――。
「ミゲル様ッ!! お待ちくださいッ!!」
慌てて追いかけたものの、俊足のミゲルに追いつけるはずもない。
マリカの大声にも気付かないミゲルが、伯爵夫人の部屋に突入する。
「「っ……」」
そこで乱れた姿のミランダを見てしまったキャシーは、咄嗟に扉を閉めていた。
「母様ッ!! 兄様はどこですか!? 兄様をどこへやったんです!?」
使用人とお楽しみ中だった母親を見ても、顔色ひとつ変えないミゲルが、声を荒げた。
「っ……もう。ミゲルったら、驚かせないでよ」
呑気な声でふふっ、と笑ったミランダ。
夫の不在中に不貞を働いているのだが、まったく悪びれた様子がない。
「もし兄様になにかしたなら……あなたも、その使用人も、今すぐ斬り殺す」
ミゲルの口からとんでもない言葉が発せられ、マリカとキャシーは絶句する。
脅しているわけではなく、本気の目だ。
ぶるっと寒気がするキャシーは、部屋の隅で息を押し殺していた。
「っ、ちょっと、落ち着きなさいミゲルッ!! 母親に向かって――」
「この優勝トロフィーを、兄様に見せるためだけに頑張ってきたのに……。まさか、母親を殴り殺すために使うことになるとは……」
「「っ……」」
狂人だ、とキャシーは思った。
ミゲルがフラヴィオに恋をしていることは知っていたが、それでも異常だった。
「っ、ミ、ミゲルッ。私が悪かったわ。でもね、フラヴィオにはなにもしていないの。あの子は、マルティンに連れて行かれたのよッ!」
「……なぜ、僕に、知らせなかったんです?」
いつも母親の顔色を窺っていたミゲルが、今は憎悪に満ちた目を向けている。
愛する息子の豹変ぶりに驚くミランダだったが、すぐにこてりと首を傾げた。
「あなたたち、仲が良かったの……?」
ミランダの問いに、キャシーは肝を冷やす。
ミゲルが騒いだことで、フラヴィオと密会していたことがバレたのだ。
「フラヴィオは、ずっと引きこもりだったじゃない? だから、てっきり不仲なんだと――」
悲しげに告げるミランダの言葉を遮るように、ミゲルはハッと鼻で嗤った。
317
お気に入りに追加
7,090
あなたにおすすめの小説
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~
ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ
秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」
ワタクシ、フラれてしまいました。
でも、これで良かったのです。
どのみち、結婚は無理でしたもの。
だってー。
実はワタクシ…男なんだわ。
だからオレは逃げ出した。
貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。
なのにー。
「ずっと、君の事が好きだったんだ」
数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?
この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。
幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。
悪役令息の死ぬ前に
やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる