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しおりを挟む同じ敷地内にある療養所に向かい、フラヴィオの祖父――フェリックスがいる部屋に案内される。
だが、個室の前には神殿騎士が立っており、祖父の無事を確認する前に、フラヴィオだけが止められてしまった。
(孫であることを証明しなければならないのか。だが、一体どうやって……)
今のフラヴィオは、メイドの格好をしている。
悪評もあり、誰もフラヴィオだとはわからないだろう。
「患者本人の許可がなければ、家族であっても面会することはできません。それに、先程薬で眠ったところなのです。日を改めていただきたく――」
詳しい規則を説明する声が、遠くに聞こえる。
次に神殿に来られる時は、いつかはわからない。
それに、フラヴィオ自身も病を癒してもらうことになっている。
(もしそのまま療養することになれば、お祖父様に会える機会はいつになるかわからない……)
その間になにかあったらと不安になるが、凛とした声がフラヴィオの不安を一瞬で掻き消した。
「顔だけでも見せてやりたい。責任は私が取る」
ぱっと顔を上げたフラヴィオは、隣に立つ親切な大男の横顔を見つめる。
「……今日は話せはしないが、それでもいいか」
「っ、はいッ!! ありがとうございますッ。本当に……っ、ありがとうございますっ」
何度も感謝の言葉を告げるフラヴィオの瞳に、ぶわっと涙が溢れる。
ぼやけた視界にハンカチが見えて、それを有り難く受け取ったフラヴィオは、目元を拭った。
「お見苦しいところを……」
謝罪しようとしたフラヴィオだが、なぜか神殿騎士だけでなく、アキレスまでもが驚いたように固まっていた。
ふたりの視線の先は、フラヴィオではない。
「行くぞ」
「っ、はいっ」
感極まっているフラヴィオは、真っ白な扉を開いた男の太い腕にぎゅっとしがみついていた。
白で統一された室内では、フェリックスが寝台に横になっていた。
自慢の金髪は白くなっており、フラヴィオの目には随分と老けて見えていた。
直ぐにでも飛びつきたい気持ちを堪えるフラヴィオは、手に力が入る。
慌てて力を抜こうとしたが、頼もしい太い腕はびくともしなかった。
「お祖……、いえ、フェリックス様の病は、治るのでしょうか?」
「はい。しかし、前サヴィーニ子爵の場合は、心労によるものが大きいかと」
いつのまにか後方に立っていた神官が、フラヴィオの問いに答える。
「心労……。どれくらい休めば……」
「そうですね、原因となるストレスを取り除かない限りは……。症状は半年程前から現れていたようですが、我慢しておられたようです。前サヴィーニ子爵夫人が亡くなられたことも、関係しているのかもしれません」
「っ…………今、なんと?」
(フレイアお祖母様が、天に……召された……? そんな話、誰からも聞いていないっ)
なんとか冷静になるよう心がけていたフラヴィオの頭の中が、真っ白になった。
「……二年程前のことですが」
親戚なのに知らないのかと、怪しげな視線を送られてしまう。
(なにか、言わないと……。私が不審者だと思われてしまえば、彼に迷惑がかかってしまう)
祖父に会わせてくれた恩人は、放心状態のフラヴィオの体を支えてくれていた。
ぷつんと会話が途切れる。
今まで何度もピンチを乗り切ってきたフラヴィオだが、なかなか言葉が見つからなかった――。
「私も、大切な人たちを、何度も見送ってきた」
低い声が、場の空気を変える。
彼の一言で、全員の視線がフラヴィオの隣に集まっていた。
フラヴィオを慰めるつもりで話したわけではないのだろう。
そのことに、フラヴィオだけが気付いていた。
「今は辛いだろう。少し休め」
部屋を用意するように指示を出された神官は、目を瞬かせていたものの、了承したと頷く。
すると、フラフラしていたフラヴィオを見かねた様子のアキレスが、そっと手を差し出す。
「私が連れて行きます。……触れても、よろしいですか?」
「えっと、はい……」
にこりと優しげな笑みを浮かべたアキレス。
目を見張るほどの美形なのだが、手に触れるだけでわざわざ確認を取るだなんて、とても紳士な人だとフラヴィオは思った。
「私が連れていく。お前は仕事に戻っていい」
フラヴィオが手を取る前に、待ったがかかる。
高速で瞬きをするアキレスをよそに、「……いいか?」と甘い声で聞かれたフラヴィオは、即座に頷いていた。
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