期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん

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 シャール殿下を待つ間、フラヴィオは大きな柱の中央部に描かれている古代文字を読んでいた。
 知り合いでもいるのか、マルティンは周囲を警戒している。
 フラヴィオの護衛のようなことをしているのだが、今の格好では立場が逆だ。

 本当ならじっとしていなければならないのだが、フラヴィオの足は吸い込まれるように、少しずつ奥へと向かう。

「光の神殿、か。その名の通りだな? 続きを読みたいが、今日はここまでにしておこう。……マルティン?」

 フラヴィオをぴったりとマークしていたはずの男がいない。
 夢中になって古代文字を解読している間に、はぐれてしまったようだ。
 すぐに来た道を戻るフラヴィオだが、足を止めていた。

「っ……フローラ、様……」

 母の名が聞こえた気がして振り返れば、甘いマスクの美丈夫が、驚愕した面持ちでフラヴィオを凝視していた。

 知り合いではないはずだが、三十代くらいの美丈夫から熱い視線を送られ続ける。
 幼い頃の記憶を思い出そうとするフラヴィオに、すらっとした美丈夫が一歩近付いた。
 一見細身に見えるが、肉体は鍛え上げられているのだろう。
 騎士の格好をしていた。

(人違いです、と言えたらよかったのだが……。声を出せば、さすがに男だとバレてしまうな)

 逃げようにも、今までベッドの住人と化していたフラヴィオの足では、すぐに捕まるだろう。
 そろそろと後退るのだが、その分近付いてくる美丈夫に追い詰められる。

「いや、幻だ……。でも、霊であっても、お会いしたかった……」

 海のような綺麗な瞳が潤んでいる。
 人違いなのだが、フラヴィオと会えたことに歓喜しているようにも見えた。

「貴女を想い、今では確固たる地位を確立しました。でも、遅かった――」

 なにやら語り出した美丈夫が、プラチナブロンドの髪をくしゃりと掻き乱す。

「お父様を……迎えに来られたのですか?」

 よくわからないが、フラヴィオは首を横に振る。
 それを見て、安堵した様子の美丈夫の手がすっと伸びて来る。
 フラヴィオが警戒していると、目の前が真っ暗になった。

「アキレス。こんなところでなにをしている。用が済んだなら、仕事に戻れ」

「っ……申し訳ありません」

 フラヴィオの前に立つ大男が、ちらりと背後を振り返る。
 同じ人間だとは思えない程背が高く、いくつもの傷痕が薄らと残る顔。
 相手が痩せ細っているフラヴィオでなくとも、一瞬で捻り潰してしまえそうな鍛え上げられた肉体。
 加えて、圧倒的な存在感を放っている。

 そんな大男の鋭い視線に射抜かれたフラヴィオは、全身に鳥肌が立っていた。
 恐怖を感じたわけではない。
 声が、物凄く甘かったのだ――。

 フラヴィオがぞくりとしている間に、ふたりが歩き出す。
 アキレスと呼ばれた男はフラヴィオをチラチラと見ていたが、彼の上司らしき大男が振り返ることはなかった。

「それで? 前サヴィーニ子爵の容態は?」

「心労がたたって、持病が悪化したのかと――」

 ふたりの会話にフラヴィオの祖父の名が上がる。
 ハッとしたフラヴィオは、気付けば太い腕にしがみついていた。

「前サヴィーニ子爵、と聞こえたのですが……っ」

 フラヴィオを見下ろす鋭い目が丸くなる。
 無礼者だと思われたに違いない。
 それでも祖父になにかあったのかと取り乱すフラヴィオは、話を聞き出そうと必死になっていた。

「わ、私は、サヴィーニ子爵の親戚でっ。その、フェリックス様は今、神殿にいらっしゃるのでしょうか……?」

 無言の大男を見上げるフラヴィオは、藁にもすがる思いで返事を待つ。
 暫く沈黙していた男の口から「ついて来い」と、色よい返事を聞けた瞬間。
 不安げな表情を見せていたフラヴィオの空気が、ぱあっと華やいだ。

「っ、ありがとうございますっ!!」

「……ああ」

 グッと腕の筋肉が動く。
 慌てて離れようとしたフラヴィオだったが、全身黒尽くめの大男はそのまま歩き出した。
 近くを通りかかった神殿騎士たちが、一斉に頭を下げて道を譲る。

(神殿騎士の中でも、かなり偉い人だったのかもしれない……)

 やはり無礼だと焦るフラヴィオの頭上から「今日は人が多い」と、甘い声が降って来る。
 つまり、このままでいい、と言ってくれたのだ。
 顔は強面だが、優しい人だと感じ取る。
 横目でちらりと視線を送られたフラヴィオは、丸太のような腕に手を添えたまま微笑んでいた。


 女性に興味のない戦場の鬼神が、金髪の美人なメイドを丁重にエスコートしていたという間違った噂は、瞬く間に広まることになる――。













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