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 三人で馬車に乗り込み、流れていく景色をいつまでも見ていたフラヴィオは、正面に座るふたりの視線に気付き、急ぎ姿勢を正した。

 小さく笑みをこぼすシャール殿下の眼差しは、とても優しい。
 揶揄われたわけでもないのだが、子供のようにはしゃいでしまったことが恥ずかしくなったフラヴィオは、居た堪れなくて目を伏せた。

 特に意味もなく、尻の下に敷いたふかふかとしたクッションの位置を微調整する。
 そんなフラヴィオを無言で見つめるふたりは、『可愛いッ!』と、真顔で悶えていた。

「あ、あー。そのー、なんでシャーリーもメイドに変装する必要があるんだ? そのピンク頭で、すぐにバレるぞ?」

「うるさいわねぇ~。可愛いからに決まってるでしょ!?」

 マルティンなりに気を遣ってくれたようだが、シャール殿下にガミガミと怒られている。
 婚約者同士というよりは、仲の良い友人関係のように見えるふたりだが、相性は決して悪くないとフラヴィオは思っていた。
 
 そしてシャール殿下もメイド服を着用してくれたのは、間違いなくフラヴィオのためだろう。
 自身が注目を集めることで、フラヴィオがなるべく目立たないようにと考えてくれているはずだ。
 それに、本当なら女装をしたくなかったフラヴィオの気持ちを察してくれたのだと思う。

(初対面だというのに、相手の身になって考えられるシャール殿下を、私も見習いたいと思う)

 尊敬の眼差しを向ければ、シャール殿下はにこにこと機嫌良さそうに笑っていた。

「それで。フラヴィオは今後どうしたいの?」

「……私は、レオーネ伯爵家に戻ります」

 領民のことを顧みないレオーネ伯爵夫妻を、このまま放置してはおけない。
 その想いが伝わっているはずなのだが、シャール殿下は難色を示した。

「それはやめた方がいいんじゃないかしら? フラヴィオの話を聞く限りでは、アナタの味方はメイドふたりだけよ?」

 は? と声が漏れそうになったフラヴィオは、呆気に取られる。
 確かにミゲルは寮に入っているため、なかなか会うことが出来ない。
 それでも味方であることに変わりはない。

「いえ、ミゲルがいます」

「フラヴィオの異母弟ね? その子も、味方とは言い切れないわ」

 ガンッと鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
 フラヴィオにとってはマリカとキャシーも味方ではあるが、ミゲルが一番の理解者だったのだ。
 そのことを否定されて、相手が王族だとわかっているフラヴィオだが、眉間に皺が寄ってしまう。

「ハァ。その様子じゃ、聞いていないようね?」

 やはり信用ならないと呟くシャール殿下は、握りしめられていたフラヴィオの手を、そっと解く。

「私は、フラヴィオの味方よ。会ってすぐに信じられないかもしれないけど……。そのことだけは覚えておいて」

「……はい」

 沈黙が流れたが、ゆっくりと馬車が止まった。
 外からはガヤガヤと騒がしい声が聞こえてくるのだが、フラヴィオは困惑していた。

 短い時間ではあったが、シャール殿下は信頼できるお方だと思う。
 だが、いつもフラヴィオを気遣ってくれていたミゲルと過ごした時間の方が圧倒的に長い。

(ミゲルが、私を裏切るようなことをするはずがない。もしそんなことがあるのなら……。だなんて、一瞬でも考えてしまった私は、最低な兄だ)

 俯いたまま馬車を降りたフラヴィオは、目の前に広がる光景に、いつのまにか顔を上げていた。
 全てが大理石で作られている、白く美しいルーチェ神殿に圧倒される。

 珍しく多くの人でごった返しているようで、シャール殿下も予想外だったようだ。

「あら、タイミングが悪かったわねぇ~。あの男が相手じゃ、私も強く出られないのよ」

「あの男……?」

「ええ。でもフラヴィオひとりならねじ込めると思うの。ちょっと待ってて」
 
 シャール殿下は人目も気にせず、さっさと奥へと歩いて行く。
 メイド服を着慣れているようだが、優雅な身のこなしはただのメイドには見えなかった。
 しかし、人がいればいるほど、フラヴィオが注目を集めることはないだろう。

(今はメイド姿のため、誰も暴君だとは思うまい)

 そう高を括っていたフラヴィオの今の姿は、フローラに瓜二つだった。











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