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 だだっ広い部屋に案内され、ソファーに下ろしてもらったフラヴィオは、食事にしようと席を立ったマルティンに果物を所望していた。

「……林檎がいい」

 マルティンとの再会は、フラヴィオを落胆させるものだったが、食欲が湧いていた。
 なにせマルティンの暴走のおかげで、マリカとキャシーがフラヴィオを見捨てていなかったことを知れたのだ。

「久々に、すりおろした林檎が食べたくなった」

 ふたりに思いを馳せるフラヴィオは、自然に頬が緩む。
 一方、愛する人の柔らかな表情を見たマルティンは、胸が高鳴っていた。
 今まで難しい顔をしていたフラヴィオが、笑いかけてくれたのだ。
 まさかフラヴィオが、自分以外の人間に思いを馳せているだなんて考えもしないマルティンは、膝から崩れ落ちた。

「ぐっ……。可愛いっ」

 昔より痩せてはいるが、フラヴィオの美貌は健在である。

(学園一強い男が、膝をついている……。これでは、偽りの噂が真実になっている気がするのだが……)

「お前、本当にマルティンなのか……?」

「っ、誰もが俺の顔色を窺うというのにっ! その淡々とした態度っ! やはりお前は、俺の愛しいフラヴィオだっ!!」

「…………は?」

 頬を染めて鼻息が荒くなるマルティンを眺めるフラヴィオは、もしかしたらフラヴィオの知っている親友ではないのかもしれないと思っていた――。




 
 快適な軟禁生活が始まって、三日目の朝。
 まずは、マルティン自らすりおろした林檎の山を献上される。
 食べさせようとしてくるのだが、フラヴィオは「腕が疲れただろう?」と労りの言葉で、餌付けは回避していた。

「そういえば、学園は?」

「休学した。父上も任務で国を離れているし、フラヴィオを俺のものにするなら、今がチャンスだと思ったんだ!!」

「…………」

 馬鹿正直に話すマルティンに、フラヴィオは呆れた顔をせずにはいられなかった。

「マルティンの気持ちは嬉しい。だが、考え直してくれ。私は相手が誰であろうとも、愛人になるつもりはない」

「なぜだ? 婚約者には話してあるんだ」

 何の問題もないと語るマルティンに、ガシッと肩を抱かれる。
 猪突猛進タイプの男は、相変わらず周りが全く見えていない。
 「食べづらい」と言葉を選び、逞しい手をそっと外したフラヴィオは、疑いの目を向けた。

「……話はしているけど、納得していないんじゃないのか?」

「ん? いや、そこは納得してもらう」

「…………ハァ。『お前を愛することはない!』だなんて、間違っても言わないでくれよ?」

 恋愛小説に登場した、間抜けな誰かが言っていた言葉だ。
 念のために忠告したのだが、なぜかマルティンの纏う空気がぱあっと華やいだ。

「っ、なんで俺の考えがわかったんだ!? ずっと会えなかったが、やっぱりフラヴィオは俺のことを一番理解してくれてるぜっ!!」

「…………ごめん。もう疲れたかも」

 フラヴィオは、寝ることにした。
 話が通じない相手と会話することは、とにかく疲れるのだ。

 考え直すよう話してまだ三日目だが、フラヴィオはマルティンを説得することを諦めていた。
 フラヴィオが説得するごとに、なぜかマルティンのフラヴィオへの愛が燃え上がってしまうのだ。

 仮に、フラヴィオがマルティンの愛人になったとして。
 マルティンからの愛が無くなった場合、フラヴィオは路頭に迷うことになるだろう。
 ミランダのように、正妻が亡くなった途端に後妻に昇格するという例は、滅多にない。

 それに、マルティンの婚約者も黙っていないだろう。
 信頼し合っている仲であれば、フラヴィオのことを疎ましく思うに違いない。
 もしふたりが不仲だったとしても、フラヴィオが今より不幸になる未来が目に見えていた。

 なにより、フラヴィオの家庭環境を知っておきながら、愛人として迎えるなどと、よく言えたものだと思う。
 マルティンの婚約者も、いずれ産まれる子供も、誰ひとりとして幸せにはなれない。
 幸せなのは、マルティンただひとりだ。

 フラヴィオは親友に、自身の最低な父親と同じことをしないでほしいと心から願っていた――。

 そんなフラヴィオのもとへ客が訪れる。
 そろそろか、と思っていたフラヴィオだが、父親ではなかったことに驚いていた。












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