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しおりを挟む鬼の形相をするマルティンの怒鳴り声が響く。
一回り以上歳下の青年に威圧されたフラヴィオの世話係たちは、蜘蛛の巣を散らすように部屋から逃げ出していた。
「フラヴィオがこんなことになっているだなんて、聞いていないぞ……」
なにやらぶつぶつと話しているマルティンが、怒り狂っている。
すっと手が伸びてきて、フラヴィオは咄嗟に目を瞑っていた。
「っ、フラヴィオ……」
やけに優しい声が降ってくる。
頬を撫でられたことに気付き、ハッと目を開ければ、今にも泣きそうになっているマルティンが唇を噛み締めていた。
過去に手を上げられたことに対して、フラヴィオに怒っているのかと思いきや、そういうわけでもないらしい。
ただ、友人を心配しているような表情だ。
それから大慌てで太った男が顔を出す。
怒りが収まらないマルティンに、ぺこぺこと頭を下げる中年男は、フィリッポだった。
久々に見た父親があまりに醜い姿で、フラヴィオはまたしても絶句する。
「俺の愛するフラヴィオをこんな目にあわせやがってっ!! 約束が違うだろうっ!! 八つ裂きにしてやろうかッ!!!!」
「ヒッ! な、なんのことです? 私共は、フラヴィオを…………んあ?」
ようやくフラヴィオを見たフィリッポが、ぽかんと口を開けている。
「お、お前……フ、フラヴィオ……か?」
(久々に会って第一声が、それか)
間抜けな父親に嫌気が差す。
だが、マルティンもおかしな発言をしていたような気もする。
聞き間違えたのかと思っていると、「はあ??」とマルティンに叱られたフィリッポが、おずおずと口を開く。
「っ……い、一瞬、フローラかと」
「「…………」」
亡くなった母親と間違えられたフラヴィオは、呆れてなにも言えなかった。
どう見ても親子とは思えないふたりを交互に見たマルティンが、フィリッポに怪訝な顔を向けた。
「…………お前、いつからフラヴィオを放置していたんだ」
「ほ、放置など……。世話は、きちんと使用人に任せて……」
「なるほど。これは立派な虐待だッ!! 今すぐフラヴィオを連れて行くッ!!」
我慢ならないとばかりに、マルティンがフラヴィオを軽々と横抱きにする。
所謂、お姫様抱っこだ。
「もう安心していいからな」と、まるで王子様のように告げたマルティンに、頬にキスをされる。
フラヴィオがきょとんとした顔を晒してしまったのは無理もない。
(……マルティンは、こんなキザなことをするような男ではないのだが……)
マルティンの行動が理解不能だ。
もしかすると、友人がなかなか顔を出さないことを心配して、助けに来てくれたのかもしれない。
弱いものいじめをするような男だが、マルティンは情に厚い。
昔はフラヴィオもよく突っ掛かられていたが、いつも軽くあしらっていた。
それでもマルティンは、フラヴィオを親友だと言ってくれていたのだ。
「っ、お、お待ちくださいッ!! そ、それでは、賊の件は……」
「そんなもの、自分たちでなんとかしやがれ!」
そう吐き捨てたマルティンが、フラヴィオを抱えたまま部屋を出る。
その背に、フィリッポが待ったをかけた。
「でしたらッ!! こちらもトレント侯爵にすべて話しますよ!! 貴方の婚約者も黙っていないでしょうっ!!」
「……ほう? 俺を脅すとはいい度胸だな?」
ぴたりと足を止めたマルティンが不敵に笑った。
その表情が恐ろしくて、フラヴィオは背筋に冷たいものが走る。
王子様ではなく悪魔のような顔だと思ったのは、フラヴィオだけではないだろう。
現にフィリッポも、ぶるぶると贅肉を揺らしていた。
「だが残念だったな? 婚約者にはすべて話してある。俺が、フラヴィオだけを愛することもな?」
『きゃっ♡』と声が聞こえて視線を向ければ、マリカとキャシーが覗き見をしていた。
フラヴィオが助かってよかったとばかりの表情で涙しているのだが、少し待ってほしい。
(マルティンには婚約者がいて……。だが、私を愛しているのか? ……昔、殴った暴力男を?)
なにがなんだかわからないフラヴィオは、説明を求めながら眩暈がしていた。
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