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しおりを挟む――蒸し暑い夏の午後。
カーテンが締め切られた部屋は暗い。
無気力なフラヴィオは、一日中寝台に横たわり、ぼんやりと過ごしていた。
話し相手もおらず、声を発することすら億劫になっていた。
そんなフラヴィオのもとへ、体格の良い使用人たちが訪れる。
その中のひとりに、細身の若者が混じっていた。
「使用人のひとりが体調を崩したので、僕が代わりにお世話しますね」
気さくに話しかけてきた青年――ダリオは、ミゲルの古くからの友人だ。
小柄なダリオが、なんの躊躇もなくフラヴィオの体に触れる。
フラヴィオとダリオは、たまに顔を合わせる程度の仲なのだが、許可なく触れられたことに驚く。
嫌悪感を抱いたが、フラヴィオは体に力が入らず抵抗することもできない。
「この部屋、暑すぎませんか? すぐに窓を開けますね」
フラヴィオの背に枕を突っ込んだダリオが窓を開ければ、聞き慣れた笑い声が耳に届いた。
(っ……マリカッ。……無事だったか)
マリカとキャシーに会えなくなって四ヶ月。
もしかしたら、既に解雇されてしまっているかもしれないと心配していた。
マリカの無事を確認し安堵するフラヴィオだが、その一方で、やはり自らの意思でミランダを選んだのかと、負の感情に支配される。
マリカはフラヴィオに、自身の安否を知らせるために普段より声を張っていたのだが、今のフラヴィオには逆効果だった――。
「わざわざ氷まで用意して、庭でパーティーを開くだなんて……。金持ちの考えは、僕にはさっぱり理解出来ません」
フラヴィオにだけ聞こえる声で話すダリオは、ミゲルの母親とはいえ、ミランダのことはあまり好きではないらしい。
太っ腹な伯爵夫人が、ガーデンパーティーを開いていることを教えてくれたダリオは、他の使用人と共に一旦退出する。
その後に余り物の食事を持って来て、『内緒ですよ?』とにっこりと笑った。
フラヴィオのためを思って食事を持って来てくれたのだろうが、今はありがた迷惑だった。
こってりとした肉の塊を見ただけで、フラヴィオは吐き気を催す。
病人に出すような食事ではないことに、気付いているのかいないのか……。
新手の嫌がらせなのかとさえ思ってしまう。
フラヴィオが手をつけないでいると、ダリオが薬を差し出した。
「食欲がないならお薬だけでも飲んでくださいっ」
「…………」
「お薬を飲めば元気になりますよ! ミゲル様が心配していますから……」
フラヴィオは困った顔で首を横に振るのだが、ダリオに無理やり薬を飲まされそうになる。
ベタベタと触られることが嫌で、渋々薬を飲み干せば、ダリオは満足そうに頷いていた。
唯一、フラヴィオに気さくに接するこの男は、きっと味方ではないだろう。
ミゲルの友人だとわかっているのだが、フラヴィオは誰のことも信じられなくなっていた。
「食事は僕が処分しておきますね!」
用は済んだとばかりに、ご馳走に目を輝かせる男の背を見送るフラヴィオは、重い溜息を吐き出す。
(私が一体、なにをしたというのだ……)
レオーネ伯爵家の嫡男に産まれただけで、どうしてここまで疎まれなければならないのだろう。
ただ、母のように領民を愛し、守りたかっただけなのに……。
心が折れそうになっていたフラヴィオは、部屋の外が騒がしくなっていることに気付いた。
「お待ちくださいっ! 勝手に入られては困りますっ!」
「貴様、何様だ? 使用人の分際で、俺に指示を出すな。退け」
高圧的な物言いが聞こえ、直後に扉が開かれる。
少し伸びた赤髪を後ろで束ねた、整った顔立ちの青年が姿を現す。
成長したマルティンが突然現れたことに絶句したフラヴィオだが、それはマルティンも同じだった。
「っ……フラヴィオ……?」
直様謝罪しようとしたフラヴィオだが、なかなか声が出ない。
碌に挨拶することもできず、謝罪どころか起き上がることすら出来なかった。
友人とはいえ、無礼極まりない態度だ。
フラヴィオが青褪めると、呆然としていたマルティンの端正な顔が、怒りに歪んだ。
「おい、どういうことだッ!!!! レオーネ伯爵を呼んでこいッ!!」
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