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16 ミゲル
しおりを挟む目を伏せれば、かつてミゲルを守ってくれた時の凛々しいフラヴィオの姿が思い起こされる。
肩に触れるくらいのキラキラの金色の髪。
宝石よりも綺麗な翡翠色の瞳。
人形のように整った顔立ちで、毅然とした態度。
弱気なミゲルとは、正反対の人物だった。
理想の男性像であり、本当に同じ父親の血が流れているのかと疑問に思っていた。
(その気持ちは、今も変わらないけど……)
現在のフィリッポは、元々美形ではなかったが、ぶくぶくと太って醜い容姿だ。
そのせいもあって、フラヴィオも醜男だと勘違いしている者が多い。
でも今のフラヴィオは、少し力を入れて抱き締めれば、壊れてしまいそうなほど儚げで、世界一美しい人だと思う。
それに、貴族女性が好みそうな中性的な容姿であることは間違いない。
同性からも大層モテるだろう。
「ずっと、僕だけの兄様でいてほしい……。誰にも取られたくないっ」
フラヴィオが美しくなればなるほど、ミゲルは焦りを覚えていた――。
ミゲルの帰りを心待ちにしているフラヴィオは、とにかく可愛くて仕方がない。
自分にだけ見せてくれる慈愛に満ちた微笑みに、ミゲルは虜になっていた。
憎き愛人の息子を、無条件で可愛がってくれる心の広い人など、この世にフラヴィオくらいしかいないだろう。
でも、ミゲルにはひとつだけ不満なことがある。
――メイドの存在だ。
ミゲルが不在の間に、フラヴィオに触れることを許されていたふたり。
マリカとキャシーがフラヴィオを見る目は、ミゲルと同じような感情を抱いている。
フラヴィオを邪魔な存在だと思っているミランダが選んだふたりは、平民だ。
次期レオーネ伯爵の伴侶にはなれないとわかっているふたりが、好意を伝えることはないだろう。
だが、フラヴィオがどちらかを気に入ったなら、話は別だ。
(誰が相手でも耐えられない。想像しただけで、僕は狂ってしまいそうになる……)
マリカとキャシーには優しく接しているミゲルだが、本当ならば今すぐにでも解雇したい。
なにせふたりは、フラヴィオの大切な宝石を盗んでいるのだ――。
フラヴィオからは話を聞いていないが、部屋を見れば一目瞭然だった。
それに加えて、ミゲルはマリカとキャシーから、金を貸してほしいと相談されている。
その金の用途は、言われずともわかっていた。
「兄様の大切なものを盗んで換金しておいて、今更取り戻したいだなんて……。形見のブローチを返したところで、ふたりは罪人だ」
我慢ならないミゲルは、懐にしまってあるエメラルドのブローチを握りしめる。
フローラ夫人の形見のブローチは、既に質屋から買い取っていた。
ふたりを許せないミゲルは、両親と出かける際には必ず同行させた。
素直でいい子たちだと、両親に何度も話した。
――ミゲルがしたことはそれだけ。
そしてマリカとキャシーは、ミランダ付きのメイドになることが決まった。
ミゲルが頼んだわけではない。
病に蝕まれていようとも、フラヴィオを警戒しているミランダが、ふたりをこのまま放置するはずがなかった。
使用人の間では、フラヴィオの患う病は感染すると思われている。
今後は、むやみに触れる人は現れないだろう。
フラヴィオが心を開く相手は、絶対に兄を裏切らないミゲルだけでいい。
危険分子を排除し、安堵するミゲルは知らなかった。
窃盗犯だろうと、フラヴィオはふたりを友人だと思っていたことを――。
そして、一度手に入れた穏やかな日々を奪われた時、フラヴィオが絶望してしまうことまでは、考えることができなかった。
◇
あっという間に長期休暇が終わり、気を引き締めたミゲルは学園に戻る。
すぐさま友人たちに囲まれるミゲルは、笑みを見せながらも内心げんなりしていた。
『よお、ミゲル。野蛮人は元気だったか?』
『お前も可哀想だよな? 兄貴が醜男ってだけで、婚約が決まらないだなんて』
『ホントホント! せっかくミゲルは男前なのに』
フラヴィオのことをなにも知らないくせに、悪口を言ってミゲルに気に入られようとする下級貴族たちは、全員ミゲルの取り巻きだった。
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