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15 ミゲル

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「兄様が、僕を誘惑する……」


 早朝に自室に戻ったミゲルは、寝台に倒れ込んでいた。
 病と闘う兄の負担にならないよう、己の気持ちを必死に抑えていた。
 だが、月明かりに照らされ、寝台で手招きをする美しく愛おしい人を捉えた瞬間――。
 心身共に鍛えていたはずのミゲルは、あっさりと誘惑に負けていた。

(おかげで、兄様の香りを一晩中堪能することができたけど……)

 うつ伏せで寝るミゲルに、苦しくないか? と心配しつつ、ちょっかいをかけてくるフラヴィオ。
 トントンと、寝かしつけるように背を撫でてくれたのは嬉しかったが……。
 『寝たふりをしてもわかっているぞ? 耳が真っ赤だよ、ミゲル』と耳元で囁いてくるものだから、たまったもんじゃない。

 必死に鍛えた今なら、すぐにでも貴方を組み敷けるのだぞ! と思いながらも、ミゲルは決してそんなことはしない。
 同じ寝台にいても、ミゲルの筋肉に触れていたフラヴィオは、ミゲルを弟としてしか見ていない。
 それでもミゲルは、出逢った当初からフラヴィオのことが大好きだった――。


 五年程前。
 レオーネ伯爵邸に引っ越す際、父のフィリッポが格好良く指示を出していた。
 実は偉い人だったと知った瞬間でもあったが、手配されてきた使用人たちの殺意のこもった目に気付いたミゲルは、震え上がっていた。

 自身が愛人の息子だと使用人たちは、決してミゲルを蔑ろにはしなかった。
 でも、伯爵家の一員として認められていないことは、幼いながらにも肌で感じ取っていた。
 優しい両親がいるのに、住む場所が変わっただけで、ミゲルは生きた心地がしなかった。

 父に助けを求めたが、逆効果だった。
 母も大袈裟に騒ぎ立て、使用人が解雇される結果になってしまう。
 ふたりはミゲルを守ったつもりかもしれないが、ミゲルはより追い詰められていた。

 そんな時に、唯一ミゲルを気遣ってくれたのが、正妻の息子であるフラヴィオだ。
 風邪をこじらせていたミゲルを介抱してくれ、ずっとそばにいてくれたのだ。
 フラヴィオの母が亡くなったばかりだったため、きっとミゲルと母の姿が重なったのだと思う。

 それでもミゲルは、嬉しかった。
 感謝と謝罪の言葉を口にすれば、フラヴィオは微笑みかけてくれた。

『なにか困ったことがあれば、言ってくれ。まあ、私が心配せずとも、がなんでもしてくれるとは思うが……』

 頭を撫でられて喜んでいたミゲルだが、その時のフラヴィオは、笑っているけど泣いているように見えた。

 誰しもがふたりが関わらないように目を光らせていたが、ミゲルはフラヴィオの後をついて回った。
 聡明なフラヴィオは、ミゲルに読み書きを教えてくれ、本も読んでくれる。
 いつも偶然を装って会おうとしていたが、冷めた目を向けてきていた使用人たちが、フラヴィオの居場所を教えてくれるようになった。

 心の中ではミゲルを歓迎していなかった使用人たちに対して、両親のように叱咤するのではなく、フラヴィオはミゲルの良いところをたくさん話してくれていたのだ――。

 フラヴィオを血も涙もない男だと話していたミランダは、嘘つきだ。
 妻子持ちだったことを隠していたフィリッポも、もちろん嘘つき。
 ミゲルが尊敬していた両親に失望するまで、そう時間はかからなかった。

 両親の目を盗み、フラヴィオとこっそりと会う時間だけが、ミゲルの心を癒してくれていた。

 だが、事件の日に全てが変わってしまった。
 愚かな両親のせいで優しい兄と会えなくなり、ミゲルの心にぽっかりと穴が空いた。
 母はフラヴィオと関わらないようにと必死だったが、そのおかげでミゲルはフラヴィオへの想いに気付くことになる。
 会えない期間に、ミゲルの恋の炎は燃え上がっていたのだ。

 













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