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しおりを挟むミゲルが学園に戻り、また穏やかな日々が始まると思っていたフラヴィオは、新たな敵と対峙していた――。
「いつものメイドはどうした?」
ここ最近、ずっと同じ質問をしているフラヴィオに、中年の男がふっと鼻で嗤う。
答える義務などないとばかりに、朝食のスープを用意する。
会話は一方通行だ。
そっちがその気ならと、フラヴィオはスープも薬も拒否した。
強引に薬を飲まされるかもしれないと思ったが、フラヴィオに手を出して来ないことがわかっていての拒絶だ。
――そして五日も経てば、使用人の方が折れた。
寝台から体を起こそうともしないフラヴィオに近付き、「お食事を……」と声をかけてきた。
三日目までは完全にフラヴィオを舐めていた態度だったが、今は表情が強張っている。
さすがに五日も粘るとは思わなかったのだろう。
とにかく薬を飲ませたいのか、フラヴィオがなにも聞かずとも、話し始めた。
「あのふたりは、ずっと伯爵夫人の側仕えを希望していたので、この度めでたく採用されました」
「…………なに?」
「給金が上がると、それはそれは喜んでいましたよ?」
小首を傾げた男を、フラヴィオは無言で眺める。
到底信じられない。
疑われていると思ったのか、面倒臭そうに溜息を吐いた男が口を開く。
「本来なら私のお役目だったのです。奥様のそばにいられないのなら、退職を希望したのですが……。給金は変わらず払うと約束してくださったので、今私がここにいるんです」
そうでなければ辞めていた。
そう顔で語った男は、フラヴィオに背を向けた。
淡々と室内を掃除し、退出する。
彼の仕事ぶりは、文句のつけようがなかった。
彼の他にもフラヴィオの世話をする者がいるが、皆同じ態度だ。
必要最低限のことはするものの、基本的にフラヴィオのことは無視している。
体格の良い男性ばかりで、使用人というより牢の番人のようだ。
長らく軟禁生活を送っていたフラヴィオでも、牢獄にいるような窮屈な気分にさせられる。
それでも食事は取ることにした。
フラヴィオがマリカとキャシーを気にかけてばかりいては、ふたりに危害が及ぶ可能性がある。
ただ、彼らと同じ空間にいるだけで食欲が失せ、スープはほとんど飲めなかった。
薬を混ぜられているのか、前と違ってほんのりと甘い味がするのだ。
体に害のない薬にすり替えられているのだが、その事実を知らないフラヴィオは、益々食事を取ることが嫌になっていた――。
深夜ひとりになった時に、フラヴィオは動く。
鍵のついた引き出しを開け、隠されていた菓子を齧った。
(マリカとキャシーは、きっとうまくやっている。見捨てられたわけではない……きっと……)
ふたりがフラヴィオのために用意してくれていたであろう菓子をたまたま発見した時は、フラヴィオの胸が熱くなった。
だが今は、菓子が減る度にどんどん不安になる。
知らぬ間に溜息ばかりが溢れていた。
(でも……。今後ふたりは、苦しい生活から脱出することができるだろう)
伯爵夫人のメイドになれば、きっとおこぼれに預かることができる。
ミランダのことだから、間違いなく給金も上げているはずだ。
前向きに考えようとするフラヴィオの喉に、少しパサパサとした菓子がへばりつく。
それを懸命に飲み込んだ。
「どちらが私の髪を結うかで、毎日のように揉めていたふたりを、仲裁する必要はなくなったな?」
物音ひとつしない静かな部屋で、フラヴィオは自分に言い聞かせるように呟いた。
マリカの少し大きな笑い声……。
それを咎めるキャシーの怒った顔……。
フラヴィオの寂しい日々に、彩りを与えてくれたふたりを思い出すだけで、目頭が熱くなる。
一度手に入れた穏やかな日々は、もう二度と戻って来ない――。
母が息を引き取った日以来、ずっと我慢してきたものが、フラヴィオの頬を伝う。
「なにも出来ない私に仕えるより……ふたりはきっと今、幸せだっ」
嗚咽を漏らすフラヴィオは、生きる気力を失いつつあった。
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