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「すみませんでした。この屋敷には、兄様を疎ましく思う人しかいないから……。兄様の身になにかあったらと思うと……。僕は毎日、心配で心配でたまらなくて……」

 病を克服したというのに、酷く苦しそうに告げたミゲル。
 離れていても、ずっとフラヴィオを心配してくれていたことが痛いくらいに伝わって来ていた。
 ミゲルが昔と変わらずにいてくれたことに歓喜するフラヴィオは、抱擁しようと手をそっと離す。
 するとミゲルは、どうしてか傷付いたような表情に変わっていた。

「ミゲル、おいで」

 病は完治していないが、ミゲルにとってはいつまでも頼もしい兄でありたいと思っているフラヴィオは、両手を広げる。

「っ、」

 抱擁を待つフラヴィオを見ただけで、ミゲルがぱあっと笑顔になった。
 だが、昔のように飛びつくことはなく、そうっとフラヴィオの体を包み込む。

「兄様、お会いしたかったです……」

「ああ、私もだよ。手紙を読んでいたから、ミゲルが元気だとわかっていたが……。それでも早く顔が見たかった」

 ミゲルの腕の力が強くなる。
 頬ずりをされ、主人が大好きな大型犬に戯れつかれている気分だ。
 すごく嬉しいのだが、そろそろ限界である。

「ミ、ミゲル……。少しばかり、力が強――」

 逞しい体を支えきれずに、フラヴィオはぼふっと背中から倒れこむ。
 ミゲルの腕を下敷きにしてしまっているのだが、気にしている場合ではない。
 息がかかるほどの近い距離で、真剣な表情のミゲルに見下ろされていた。

「兄様……」

 やけに熱っぽい視線を送られる。
 環境が変わり、ミゲルに友人が増える一方で、兄を慕う気持ちが薄れてしまったのではないかと、不安にならなかったわけじゃない。
 もちろんそんな情けないことを、フラヴィオは決して口にはしないが……。

 それでも、ミゲルも同じ気持ちでいてくれたことがフラヴィオにとっては心底喜ばしいことだった。
 ずっと部屋に篭っていたフラヴィオは、ミゲルと再会する日を心の支えに生きてきたのだ。
 ずっと顔が見たいと思っていたが、あまりに熱心に見つめられるものだから、照れ臭くなってしまったフラヴィオは、拗ねた顔をして誤魔化した。

「いくら逞しくなったとはいえ、兄を押し倒さないでくれ」

「っ……す、すみません」

 さっと離れたミゲルが顔を背けるも、耳まで真っ赤になっている。

(大きくなっても、ミゲルは可愛い……)

 学園での話を聞かせてほしいと手を引けば、はにかむミゲルはフラヴィオの隣に腰掛ける。
 終始楽しそうに語るミゲルの話を聞いているだけで、相槌を打つフラヴィオもずっと笑顔だった。
 夜が明けるまで語り合う。
 声を潜めて……。





 ミゲルと密かに会うために、フラヴィオの昼夜逆転生活が始まった。
 生活サイクルが変わったのだが、フラヴィオの体調はすこぶる良い。
 理由は、兄弟が密会をしていることを知っているマリカとキャシーが、朝の分の薬も夕飯時に渡してくれていたのだ。
 おかげでフラヴィオは、ミゲルが帰ってきてから薬を服用していなかった。

 一方ミゲルはというと、夜はフラヴィオと会い、昼間はたまに両親と出かけている。
 その際に使用人たちも連れて行くのだが、マリカとキャシーも呼んでくれているのだ。
 ふたりには特別に、ミゲルから流行りの菓子を買ってもらったりもしているようで、ミゲルにも随分と懐いていた。

 フラヴィオがなにも言わずとも、フラヴィオがふたりにしてあげたいことを、ミゲルが代わりに行ってくれている。
 心が通じ合っていると思うだけで、フラヴィオは日に日に明るくなっていった。
 そして咳き込むこともなくなり、手足の痺れも感じなくなった。
 そうなると、フラヴィオもミゲルと外出したいと欲が出てくる。
 だが、マリカとキャシーからミゲルとの話を聞けるだけで、フラヴィオは充分幸せだった。













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