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しおりを挟む本日のレオーネ伯爵邸は、朝から騒がしい。
なにせ今日は、久々にミゲルが帰ってくるのだ。
今宵は会いに来てくれるだろうかと、フラヴィオの胸は弾んでいた。
「今日こそ、髪を結いましょうね?」
「フラヴィオ様の元気なお姿を見れば、ミゲル様もお喜びになるかと」
一月も経てば、マリカとキャシーはフラヴィオの気持ちを察してくれていた。
「今日だけは……」と口にしたフラヴィオに、ふたりは瞳を輝かせる。
ミランダの椿油を拝借していたキャシーが、丁寧に髪のケアをしてくれる。
碌な手入れをしておらず、傷んでいた金色の髪からは良い香りがしていた。
長い髪を編み込んでもらい、右横に流す。
鏡に映るフラヴィオの顔色は、幾分かマシだ。
マリカに化粧水を塗りたくられたが、それが理由ではないと思う。
食後のデザートとして、毎日果物を食していたおかげだろう。
ふたりが厨房から、せっせと果物を盗んできてくれていたおかげでもある。
「はあ……。素敵です、フラヴィオ様……」
恋する乙女のように、うっとりと呟いたマリカ。
褒めすぎだろうと肩を竦めたフラヴィオだが、キャシーも満足そうに頷いている。
少し髪型を変えただけで、知らないうちにフラヴィオの気分も上がっていた。
――皆が寝静まった頃。
ミゲルとの再会を待ちきれないフラヴィオは、バルコニーに出ていた。
なぜかいつものように寝巻き姿ではダメだとマリカに言われたフラヴィオは、きちんとした格好だ。
(と言っても、昔着ていた服だが……。それに、少しぶかぶかな気もする……)
成長が止まってしまったおかげで、フラヴィオは三年前の服もなんとか着ることが出来ていた。
(……まさか。寝巻き姿だと、私がミゲルを誘惑するとでも思ったのか!?)
毎日のように恋愛小説を読み、浅い知識を得ていたフラヴィオは、的外れなことを考えていた。
暫く冬夜を照らす満月を見上げていると、はっと息を呑む音がする。
「っ……兄、様……」
左隣の部屋から静かに出てきた、背の高い青年。
くるくるとカールしていた栗色の髪は、さっぱりと整えられている。
随分と男らしい顔付きになっていたミゲルに、フラヴィオは笑みをこぼす。
だがミゲルはというと、信じられないものを見たかのように固まっていた。
「ミゲル……?」
フラヴィオに名を呼ばれたミゲルは、すぐに手すりにのぼった。
空を自由に羽ばたく鳥のように、フラヴィオのもとへ跳躍する。
あっさりと飛び移ったミゲルに驚いていると、ミゲルはすぐさま上着を脱ぐ。
それを、そっとフラヴィオにかけてくれた。
「兄様。早く部屋に入りましょう」
思いやりのある行動に、胸が温かくなるフラヴィオだったが、なぜか声が出なかった。
ミゲルの表情が、いつもと違っていたからだ。
(飛びつかれると思っていたが……。珍しく機嫌が悪い気がする)
なにかあったのかと聞きたかったが、フラヴィオは小さく頷いて、ふたりで部屋に入った。
ミゲルに促されて寝台に腰掛ける。
だが、なぜかミゲルは隣に座ることなく、無言で部屋を見回していた。
(なにか嫌われるようなことでも、してしまったのだろうか……)
思い当たる節がないのだが、フラヴィオはおずおずとミゲルを見上げる。
真っ白だった肌は日に焼けて、健康的な色に変わっていた。
目が合えば、ミゲルがごくりと喉を鳴らす。
なぜか緊張している様子のミゲルは、フラヴィオの手を取り、跪いた。
恋愛小説に登場する王子様……というより、主人公を守る騎士のようだとフラヴィオは思った。
「体調は大丈夫なんですか?」
「……ああ、少しは――」
「髪は、誰が? 誰が、兄様に触れたんですか? なんで触れることを許したんですか?」
フラヴィオの返答を聞かずに、どんどんと質問するミゲルに圧倒される。
どこから説明しようかと考えていると、はっとしたミゲルが頭を下げた。
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