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しおりを挟むなにも面白いことなどないのに、とふたりが不服そうな顔をしている。
そんなふたりをよそに、フラヴィオは優雅にすりおろした林檎を口に含む。
そしてさりげなく、薬は懐に仕舞った。
「留学生になったフラヴィオ・レオーネは、この国で贅沢をしているのか、と思うと、その矛盾が面白くてね? つい、笑ってしまったよ」
暗い雰囲気にしなくないフラヴィオは、意識して笑みを浮かべている。
そんなフラヴィオから、噂を否定するような行動は取らないようにと約束させられているふたりは、なんとも言えない表情で黙り込んでいた――。
ふたりが退出したのち、フラヴィオは浴室で薬を処分する。
排水溝に薬が流れていく様子をぼんやりと眺めるフラヴィオは、軽く息を吐いた。
本当ならば彼女たちに薬のことを話して、コソコソせずに処分したい。
だが、ふたりは顔に出やすいのだ。
狡猾なミランダは、使用人たちにフラヴィオを虐げるようにとは命令していない。
ただ、四面楚歌になるように言葉巧みに話してはいるだろうが。
(メイドとしての仕事を全うしているだけなら、解雇は免れるはず……。だが、薬を飲ませていないことが露見されれば、話は別だ)
ミランダがお得意の嘘で、ふたりの罪を捏造することは造作もない。
間違いなく処罰されることになるだろう。
彼女たちに薬の件を話さないのは、フラヴィオなりの優しさだった。
◇
そうして月日は流れ、冬を迎える。
飾り気のないモダンテイストの部屋の本棚には、恋愛小説が十冊以上並べられていた。
「フラヴィオ様、おはようございます。……またわからないところがあったのですか?」
きちんとノックをして入ってきたキャシーが、フラヴィオの手にしていた本を見てくすりと笑う。
「ああ。同性婚は認められているが、なぜ、兄弟で婚姻が可能なんだ? 法に触れる行為では……」
「もう~っ。そこ、躓くところですか!?」
朝一番に、理解出来ない箇所を質問をするフラヴィオに、マリカ先生が答える。
ふたりがいろいろと教えてくれているのだが、真面目なフラヴィオにはさっぱりだった。
恋愛に関してはダメ出しされてしまうが、その時間がすごく新鮮だ。
それからフラヴィオの噂だけでなく、巷ではなにが流行っているかなど、他愛もない会話をする。
話し相手がいるというだけで、フラヴィオは穏やかな毎日を過ごすことができていた。
だが、心配事は解決していない。
学園だけでなく、領民の間でもフラヴィオは暴君だと悪評が立っている。
噂の出所は、当然レオーネ伯爵夫妻だろう。
いくら母のフローラが領民から愛されていたとはいえ、今は彼らの生活が困窮している現状だ。
自分たちの生活が苦しくなれば、周りが見えなくなるのも無理はないだろう。
仕方がないことだと思うフラヴィオだが、憂鬱な気持ちになる。
フローラの実家である、サヴィーニ子爵家に助けを求めようかと思ったものの、迷惑をかけるだけだろうとやめておいた。
ただ、マリカとキャシーには、なにかあったら子爵家に逃げろと話してある。
紹介状を書いてあげることは出来ないが、きっとフラヴィオの名を出せば、メイドをふたりなら雇ってくれるだろう。
(母の遺した宝石を盗んだ相手だが、充分反省してくれている。今のふたりは、私の数少ない友人だ)
かつての事件がなければ、フラヴィオは母からの贈り物を手放すことなく、当たり前のように友人もいただろう。
きっと同級生たちと仲良く学園生活を送り、健康体のまま当主になっていたと思う。
学園で人脈を築き、領民のためにも父と義母をさっさと追い出すことが出来ていたはずだ。
それでもフラヴィオは、ミゲルを守った行動を後悔したことは、一度としてなかった。
「もうすぐ、ミゲルに会えるな」
「っ、ついにですね! 深夜の密会ッ! 禁断の恋だわっ♡」
「…………弟に深夜に会うと、禁断の恋になるのか?」
フラヴィオの呟きは、きゃっきゃしている恋愛面での教師ふたりには届いていなかった……。
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