上 下
2 / 129

しおりを挟む


 レオーネ伯爵邸で、連日開かれる盛大なパーティーにうんざりしていたフラヴィオは、気分転換に庭園に足を向けていた。

『フローラ夫人が亡くなって、まだ二か月も経っていないのに――。非常識だわ』

『ええ、それにあのドレス。センス以前の問題よ』

『准男爵家の田舎娘が、伯爵夫人になれたと喜んでいるけれど……。あれじゃあまるで娼婦じゃない』

『フラヴィオが可哀想よ。アレが義理の母親になるだなんて――』

 どこへ逃げても、招待客の声が耳に届く。
 可哀想な子を見るような目が、母の面影のあるフラヴィオをどこまでも追っていた。

 フラヴィオの母――フローラの死を悼む者は多かった。
 死因が過労だったことを公表していないが、フローラと関わっていた友人たちは皆勘付いていた。

 それなのに、フラヴィオの父――フィリッポは、喪が明ける前に後妻を迎え、愛人の子のお披露目会を開いているのだ。
 おかげで、元々お飾りだと言われていたレオーネ伯爵の評判は、地の底まで落ちていた。

 周囲から向けられる、冷ややかな視線にも気付かない呑気な父親。
 念願の伯爵夫人の座を射止めたことで、喜色満面になっている義理の母。
 ふたりを心底軽蔑しているフラヴィオだが、母の次に守りたいと思える人を見つけていた。


 苦しそうに咳き込みながら、唯一フラヴィオに頭を下げた人物――異母弟のミゲルだ。


 身体が弱くて、控えめな性格。
 カールした栗色の髪が愛らしくて、同年代の子よりも小さな体。
 一人になりたくて逃げても、いつも陰からこっそりとフラヴィオを眺めていた。
 どんな立場であれ、ひとりぼっちのフラヴィオを気にかけてくれる存在だった。

 後妻の印象が悪かったこともあり、よりミゲルが素直で心が清らかな天使のように見えていた。
 そんなミゲルに、白い頬を染めて『兄様っ』と初めて呼ばれた時は、どうしてかほんの少しだけ嬉しかったのも事実。
 異母弟がいることを最近知ったフラヴィオだが、嫌悪せずに可愛がっていた。


 母を亡くしたばかりのフラヴィオは、新しい小さな家族を歓迎していたのだ。


 それなのに……。
 庭園の噴水の前で、友人たちに両脇を抱えられている異母弟の姿を目撃することになる。
 泣いて嫌がるミゲルを無理やり噴水に突き落とそうとする光景が、フラヴィオの目にはやけにスローに見えていた。

『たすけて、兄様ッ』

 カッと頭に血が上ったフラヴィオは、気付けば異母弟のもとへ駆け出していた。

 ゲラゲラと笑っている輪の中心人物。
 リーダー格の侯爵子息を、フラヴィオは力いっぱい殴った。
 友人たちの中で、一番体格に恵まれたマルティンが吹っ飛ぶ。
 騎士団長の息子であるマルティンが、初めて倒されたところを見た友人たちは絶句していた。
 だが、完全に不意打ちだった。

「ミゲル、大丈夫か」

「っ……」

 涙が引っ込んだ様子のミゲルは、その場で腰を抜かしていた。
 それでもフラヴィオが手を差し伸べれば、安堵したのかまた泣き始める。
 啜り泣く声に胸が苦しくなるが、フラヴィオはどうしたものかと冷静になっていた。

「っ、クソッ!! なんなんだよ!! 俺たちは、お前のためにやったんだぜ!?」

「そ、そうだよ、フラヴィオ。非常識な奴に、貴族としての礼儀を教えていただけだ!」

 やいやいと言っているフラヴィオの友人たち。
 実際には、フラヴィオのことを心から想ってくれている者などいないだろう。
 フラヴィオの目には、弱い者いじめをしているだけにしか見えなかった。


 ――ミゲルは、私の弟だっ。


 母親譲りの自慢の金色の髪を靡かせて叫んだフラヴィオの姿は、黄金の獅子のようだった。











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

箱庭

エウラ
BL
とある事故で異世界転生した主人公と、彼を番い認定した異世界人の話。 受けの主人公はポジティブでくよくよしないタイプです。呑気でマイペース。 攻めの異世界人はそこそこクールで強い人。受けを溺愛して囲っちゃうタイプです。 一応主人公視点と異世界人視点、最後に主人公視点で二人のその後の三話で終わる予定です。 ↑スミマセン。三話で終わらなかったです。もうしばらくお付き合い下さいませ。 R15は保険。特に戦闘シーンとかなく、ほのぼのです。

処理中です...