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しおりを挟むレオーネ伯爵邸で、連日開かれる盛大なパーティーにうんざりしていたフラヴィオは、気分転換に庭園に足を向けていた。
『フローラ夫人が亡くなって、まだ二か月も経っていないのに――。非常識だわ』
『ええ、それにあのドレス。センス以前の問題よ』
『准男爵家の田舎娘が、伯爵夫人になれたと喜んでいるけれど……。あれじゃあまるで娼婦じゃない』
『フラヴィオが可哀想よ。アレが義理の母親になるだなんて――』
どこへ逃げても、招待客の声が耳に届く。
可哀想な子を見るような目が、母の面影のあるフラヴィオをどこまでも追っていた。
フラヴィオの母――フローラの死を悼む者は多かった。
死因が過労だったことを公表していないが、フローラと関わっていた友人たちは皆勘付いていた。
それなのに、フラヴィオの父――フィリッポは、喪が明ける前に後妻を迎え、愛人の子のお披露目会を開いているのだ。
おかげで、元々お飾りだと言われていたレオーネ伯爵の評判は、地の底まで落ちていた。
周囲から向けられる、冷ややかな視線にも気付かない呑気な父親。
念願の伯爵夫人の座を射止めたことで、喜色満面になっている義理の母。
ふたりを心底軽蔑しているフラヴィオだが、母の次に守りたいと思える人を見つけていた。
苦しそうに咳き込みながら、唯一フラヴィオに頭を下げた人物――異母弟のミゲルだ。
身体が弱くて、控えめな性格。
カールした栗色の髪が愛らしくて、同年代の子よりも小さな体。
一人になりたくて逃げても、いつも陰からこっそりとフラヴィオを眺めていた。
どんな立場であれ、ひとりぼっちのフラヴィオを気にかけてくれる存在だった。
後妻の印象が悪かったこともあり、よりミゲルが素直で心が清らかな天使のように見えていた。
そんなミゲルに、白い頬を染めて『兄様っ』と初めて呼ばれた時は、どうしてかほんの少しだけ嬉しかったのも事実。
異母弟がいることを最近知ったフラヴィオだが、嫌悪せずに可愛がっていた。
母を亡くしたばかりのフラヴィオは、新しい小さな家族を歓迎していたのだ。
それなのに……。
庭園の噴水の前で、友人たちに両脇を抱えられている異母弟の姿を目撃することになる。
泣いて嫌がるミゲルを無理やり噴水に突き落とそうとする光景が、フラヴィオの目にはやけにスローに見えていた。
『たすけて、兄様ッ』
カッと頭に血が上ったフラヴィオは、気付けば異母弟のもとへ駆け出していた。
ゲラゲラと笑っている輪の中心人物。
リーダー格の侯爵子息を、フラヴィオは力いっぱい殴った。
友人たちの中で、一番体格に恵まれたマルティンが吹っ飛ぶ。
騎士団長の息子であるマルティンが、初めて倒されたところを見た友人たちは絶句していた。
だが、完全に不意打ちだった。
「ミゲル、大丈夫か」
「っ……」
涙が引っ込んだ様子のミゲルは、その場で腰を抜かしていた。
それでもフラヴィオが手を差し伸べれば、安堵したのかまた泣き始める。
啜り泣く声に胸が苦しくなるが、フラヴィオはどうしたものかと冷静になっていた。
「っ、クソッ!! なんなんだよ!! 俺たちは、お前のためにやったんだぜ!?」
「そ、そうだよ、フラヴィオ。非常識な奴に、貴族としての礼儀を教えていただけだ!」
やいやいと言っているフラヴィオの友人たち。
実際には、フラヴィオのことを心から想ってくれている者などいないだろう。
フラヴィオの目には、弱い者いじめをしているだけにしか見えなかった。
――ミゲルは、私の弟だっ。
母親譲りの自慢の金色の髪を靡かせて叫んだフラヴィオの姿は、黄金の獅子のようだった。
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