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しおりを挟む原因不明の病を患い、軟禁生活が始まりを告げてから、フラヴィオは三度目の秋を迎えていた。
療養中のフラヴィオの朝は早い。
ノックもなしに入って来た使用人たちの声が、目覚まし代わりだ。
「ねぇ。シーツ交換はどっちがする?」
「そんなの明日でいいでしょ」
「もうっ。本当いい加減なんだから」
「だって、病気がうつったらどうするの? 私、早死にしたくないものっ!」
そう言い切った丸顔のメイドが、室内を丸く掃除し始める。
ここ十日間、同じ会話をしているふたりが、ドタバタと動き始める音がする。
そろそろシーツを替えて欲しかったのだが、フラヴィオの願いは叶えられそうになかった。
「ま、明日でいっか! ……ていうか、昨日も同じこと言ってなかった?」
「そうだった? そんなことより。今日はアーロンとデートだから、さっさと終わらせるわよっ!」
「それも昨日聞いたっ!」
けらけらと笑うふたりのメイドは、三年前からフラヴィオの世話を任されている者たちだ。
早く仕事を終わらせて、自由時間を確保することに専念している。
本来ならば、ふたりに自由時間などない。
フラヴィオの容態が急変した時に駆けつけられるよう、病人のそばにいるべきなのだが、急死してもかまわないと思っているのだろう。
(……むしろ、その時を待ち望んでいるのかもしれないな)
空腹であまり眠れなかったフラヴィオは、寝たふりをし続けながら、ぼんやりと考えていた。
「フラヴィオさま~。きちんとお薬飲んでくださいね~」
寝台のすぐそばにある小さな木製のテーブルに、水と薬だけが置かれる。
今日も朝食を用意する気はないらしい。
空腹状態で薬を飲めば、胃が痛くなる。
せめてスープくらいは出して欲しかったと思うフラヴィオは、溜息を堪えた。
「やることやったし、早く行きましょ?」
「ちょっと待って。さすがに薬は飲ませないとダメよ!」
「はあ~? めんどくさっ」
箒で突かれる前に、フラヴィオは目を開ける。
薬を飲むようにと告げる声を無視し、辺りを見回した。
部屋の隅には、相変わらず埃が溜まっているのだが、ふたりとも全く気にしていない。
自室から追い出されることはなかったが、金目の物はいつのまにか綺麗さっぱり無くなっていた。
「フラヴィオさま? お薬を――」
「ゴホッ、ゴホッ……」
フラヴィオが話を遮るように咳き込めば、窃盗の容疑者ふたりが揃って顔を顰める。
レオーネ伯爵家の嫡男に対する態度ではないのだが、この邸に使用人の態度を咎める者は誰ひとりとしていなかった――。
同じ空気を吸いたくないとばかりに、窓を開けるメイドの背をぼんやりと眺める。
(ようやく新鮮な空気を吸えたな……)
心地よい風を受けるフラヴィオは、ゆっくりと体を起こした。
「起きたなら、早く薬を飲んでください。咳が止まりますから」
顎で指示を出すメイドを横目で見たフラヴィオは、薬を手にする。
「私も早く飲みたい気持ちは山々なんだが……」
「それなら――」
「胃になにもない状態で薬を飲むと、いつも胃が痛くなる……。体調が悪化してしまうから、怖くて飲めないんだ」
フラヴィオは、悲しげな表情を浮かべて見せた。
薬を遠ざけるように机に置けば、背の高い方のメイドが唸るように言葉を発する。
「…………朝食をお持ちします」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
優しい口調でお礼を述べたフラヴィオに、あれだけ愚痴を溢していた丸顔のメイドが頬を染める。
いくら嫌われ者といえど、こちらが優しく接すれば、メイドの態度は僅かながらに軟化する。
学園にも通わせてもらえず、家庭教師がついているわけでもない。
それでもフラヴィオは、決して愚か者ではなかった。
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