98 / 100
婚姻後
25
しおりを挟むセナのお披露目会から三ヶ月が経ち、ガイル子爵家からジェイコブの名が消えていた。
病に臥せていたジェンキンス・ガイルを、公爵家の別邸で療養させ、優秀な医師に診てもらった。
早く元気になってもらう必要があっての行動だったのだが、そこでジェイコブが兄に微量の毒を盛っていたことが発覚したのだ。
ジェイコブは献身的に兄の看病をしており、罪が発覚した時には、誰もが信じられなかったようだ。
美しい弟を可愛がっていたジェンキンスだが、さすがに許すことはできず、ガイル子爵家から弟を追放した。
そして平民になったジェイコブに着いていく伴侶は、誰一人としていなかった。
正直なところ、意外だった。
いくら容姿が美しくとも、心が醜ければ、伴侶にも愛想を尽かされてしまうことを教わった。
結局ジェイコブは、今は自身の美貌を駆使して、なんとか生活しているようだ。
リュセに近付かないのであれば、ジェイコブがどうなろうと構わない。
ジェイコブがどんなにアピールしたとしても、私の可愛い人は見向きもしないので安心している。
「ファンが凄い勢いで売れてますね!」
「ああ、そうだな」
私に寄り添うリュセが、本日もにこにこと愛らしい笑みを浮かべている。
休日に、家族でサルース商会を訪れていた私は、妻に似て従業員に的確に指示を飛ばす五歳児を見ながら、頷いていた。
「セナはすごいのだ! 自慢の弟なのだ!」
リュセと同じように黒い瞳を輝かせるシオンは、弟自慢が止まらない。
そんなシオンの手を繋ぎ、邪魔をしないようにと見守っているルドルフ。
本当なら第二騎士団にスカウトしたいのだが、シオンのお願いには殊更弱い男は、『サルース商会は安泰ですね』と告げていた。
「でも、なんでセナは扇風機……じゃなくて、ファンを作ろうと思ったんだろう?」
「……富裕層の妖精族が、皆暑がりだからじゃないか?」
「そこまで考えて作ったなら、本当に天才だと思います! さすが僕たちの自慢の息子ですね?」
「セナはなんでも出来るのだ! 私も見習わなければならないな!」
なにも知らない二人が、セナを天才だと褒め称える。
確かに天才だとは思う。
だが、セナは実際に異世界に行ったことのある人間なんだ。
そのことを教えてくれたのは、古いエレベーターで凛々しい異世界人の姿を目撃してから、半年が経った頃だった。
私が朧げに思い出したのは、異世界から現れたリュセに恋をしたこと。
そして離れ離れになってしまったという、悲しい出来事だけだった。
セナの話によると、リュセがいなくなって私が廃人になり、オースティンさんが殺人犯になった。
家族はバラバラになってしまったが、リュセは生きていると信じていたセナは、二十年後に封印されていた異世界へと繋がる箱に飛び込んだのだ。
ストーカー男からリュセを守り、その後の記憶はなく、気付けば赤子として産まれてきていた。
今の私たちの幸せな日常があるのは、すべてセナの勇気ある行動のおかげだ。
覚えていなくとも、そう思う。
なにより私は、セナを信じている。
「ふ、ふぇ~んっ! あのお兄ちゃん、怖いよぉぉぉ~!」
「っ、も、申し訳ありませんっ!」
「「…………」」
従業員の子供が、セナの顔を見て泣きじゃくる。
悪気はないのだが、一番傷付くやつだ。
慰めようと思ったのだが、さっと仮面をつけたセナは飄々としている。
「チッ。だからこの国の女は嫌なんだ。日本の美女たちは、み~んな俺に優しかった。少しは見習えよ」
「見習うもなにも、会ったことがないから無理じゃないか?」
「……父様も異世界に行けばわかりますよ。一文無しの素性不明の醜男に、飯を食わせてくれたり、家にまで泊まらせてくれて……。夜のお誘いまでしてくれるんです。はあ、日本が恋しい……」
「っ…………まさか、経験済みではないよな?」
避妊はしたのかと焦っていると、鋭い目付きで睨まれてしまった。
「なになに? なんの話?」
「母様……。父様が、今日も母様とイチャイチャしたいそうです。愛しているとうるさいので、先に連れて帰ってください」
「っ……本当ですか?」
ほんのりと頬を染めるリュセに、愛おしげに見つめられてしまった私は、愛妻を抱き上げて、さっさと我が家に戻っていた。
148
お気に入りに追加
3,832
あなたにおすすめの小説
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する
135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。
現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。
最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる