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婚姻後

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 今は使用されていないエレベーターの前に立つ子が、じっと一点を見つめている。
 『怖いから封鎖ほしい』と言っていたのに、全然怖がっている様子は見られない。

 「今日はなんだか、切なそうな顔ですね……」
 「ああ……。三歳児なのに、あの表情……」
 「本当は乗りたいのかなぁ?」
 「いや、そんな風には見えないが……」

 こっそりと我が子を観察する僕とシュヴァリエ様は、首を傾げていた。

 仲の良いシオンに話を聞いてもらおうと決めた僕たちは、思わぬ返答に目を丸くすることになる。

 「ミラジュー王国にあるエレベーターを、一つ残らずぶっ壊したいそうです!」
 「「…………」」

 相変わらずルドルフくんから離れないシオンが、胸を張って答える。

 「セナはきっと、破壊神に憧れているんです! そういうお年頃なのではないでしょうか?」
 「……いや、違うと思いますよ? シオン様も、破壊神になりたい時期があったのですか?」
 「うむ。今でもそうだ! ルドルフに近付こうとする不届き者は、すべて破壊したいのだっ!」
 「は、破壊はちょっと違うのでは?」

 いつものように、マイペースなシオンに振り回されるルドルフくん。
 困った顔をしているけど、「破壊ではなく、排除では……?」と、正しい言葉を教えてあげていた。

 「そうか、排除。さすがルドルフ。顔だけでなく頭もいい! やはり私は、ルドルフがいてくれないとダメなのだ!」

 ルドルフくんの言うことは、とにかくなんでも素直に受け取るシオン。
 どんな時でもほのぼのとしている二人を見ているだけで、僕は癒されていた。

 「シオン様は……俺の、顔もいいと思ってるんですか?」
 「もちろんだっ!! 一目惚れなのだっ!!」
 「っ…………」

 ルドルフくんが息を呑む。
 でも一緒にいた護衛ふたりが、驚愕しているルドルフくんの肩を叩いた。
 なんとも言えない顔で。

 「ルドルフ。本気にするなよ? 恋のフィルターがかかっているだけだからな?」
 「そうだ、安心しろ。俺たちは、もれなく全員ブサイクだ」
 「っ、そう、だよな? 一瞬、本気にしかけた」

 最近のシオンは、堂々とルドルフくん愛を語っているのだけれど、シオンの美醜の感覚が逆転していることに、誰も気付いていなかった。





 ──そして、一年後の夜。

 僕の隣ですやすやと寝ていた四歳児が、日付が変わる前にこっそりと寝室から抜け出していた。
 
 「……シュヴァリエ様。起きてますか?」
 「ああ。またエレベーターに向かったのだろう。封鎖されているから危険ではないが……」
 「やっぱり乗りたいのかな?」

 うーんと唸る僕たちは、こっそりとセナのあとをつけていた。

 古いエレベーターの前で待機している四歳児が、大きな窓から見える満月の光に照らされている。
 その表情は、どう見てもエレベーターに乗りたがっている子供の顔じゃない。
 しかも、剣を二本持って立っているんだ。

 「もう動かないエレベーターから、刺客が現れるとでも思っているのか……?」
 「夢遊病、ってわけじゃなさそうですよね?」

 僕の言うことだけはきちんと聞くセナだけど、こればっかりは止められないんだ。
 一時間程で戻って来るため、僕たちは様子を見守ることにしていた。

 「リュセは先に部屋に戻っていていいぞ?」

 うとうとしていた僕を気遣ってくれるシュヴァリエ様は、相変わらず優しさの塊だ。

 「シュヴァリエ様と一緒にいたいです……」
 「うっ……。上目遣いで見るのはやめてくれ」

 こほんと咳払いをしたシュヴァリエ様が、ふらふらしている僕を抱っこしてくれる。
 深夜の廊下でイチャつく僕たちは、何年経ってもアツアツだ。
 

 「っ、貴様ッ!!」


 知らない人の低い声と、ガコンと大きな音。

 さっとシュヴァリエ様が動く。
 慌てて駆けつけたけれど、無人のエレベーターが揺れているだけだった。

 「ジ・エンドだ」

 くつくつと喉で笑う四歳児を、無言で見つめるシュヴァリエ様は、顔面蒼白になっていた。

 「セナ?! 大丈夫? なにがあったの?」
 「ああ、母様……。ご安心を。今日から俺は、一人で寝ます」
 「…………え?」

 スッキリとした表情で子供部屋に向かうセナは、軽やかにスキップしていた。

 「どうしたんだろう……?」
 「っ、リュセ、リュセ、愛してるっ」
 「へ!?」

 僕の名前をひたすら連呼するシュヴァリエ様に、絞め殺されそうなほど、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
 
 その日から、セナの奇行はなくなったのだけど、もともと誰よりも僕を愛してくれていたシュヴァリエ様からの愛情表情が、大爆発することになっていた。














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