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婚姻後
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しおりを挟む安月給で働いてくれていた従業員を解雇することなく、倒産寸前の危機を救ってくださったのは、最初のお客様となったライトニング公爵。
一部の人間からは、野獣公爵とも呼ばれるお方との出逢いによって、私の運命は大きく変わっていた──。
無能だと蔑まれていた私の祖父が、荷物の運搬用に発明したガラクタ。
それが今では、人を乗せることのできる大ヒット商品に生まれ変わったのだ。
亡くなった祖父の汚名を返上することができ、さらに私は天才発明家と呼ばれるようになっている。
なにより、エレベーターを設置したことで、体の不自由な方々からも感謝されることとなり、私だけでなく従業員も誇らしげだ。
天国にいる祖父も、きっと喜んでくれているに違いなかった。
そして今も懇意にしていただいているライトニング公爵は、とても紳士なお方だ。
そんな彼の溺愛する奥様からいただいたカレンダーには、仕事の予定で埋め尽くされている。
ちなみに、予定を書き込める至極便利なカレンダーは、皆の憧憬の的であるお方のサイン入り。
プレミアだ。
盗まれる可能性が高いため『ガスパールさん専用♡』とまで書いてくださっている。
『エレベーター』と、素敵な名前をつけてくださったライトニング公爵夫人は、次々と大ヒット商品を生み出す、誰もが知るサルース商会のご子息。
新商品の登録者名は、すべてサルース商会の長になっているが、実際にはリュセ様だ。
あのお方が養子になってから、サルース商会の勢いが増したのだ。
気付いていない者の方が少ないだろう。
そして一度でいいからお目にかかりたいと思っていたお方に、感謝の言葉を告げられた時は、感極まって泣いてしまった。
とても恥ずかしい思いをしたわけだが、サルース商会の方々とは、家族ぐるみで仲良くさせていただいていた。
◇
今回、特別にいただいた贈り物を手にした私は、帰宅後すぐに、今まで文句一つ言わずに支えてくれていた妻に渡した。
「……記念日でもないのに?」 と、きょとんとした顔で箱を開けた妻が、息を呑んだ。
「っ、これって! 今は王族の方しか手にすることのできない……」
そこまで言って言葉が出てこない私の妻は、代わりに瞳から涙を流していた。
妻の震える手の上にあるのは、ロングベール。
ライトニング公爵夫人が結婚式で身につけてから、爆発的な人気となった品だ。
だが盛大な結婚式から一年経った今では、王妃様と親しい者だけしか入手することが出来ない。
王妃様と親交のあるエルヴィス様が、契約を交わしたのだ。
「結婚式がまだだっただろう?」
「っ……」
「今まで苦労をかけてすまなかった。少し歳を取ってしまったが……。今からでも、結婚式を挙げないか?」
婚姻して十年は経っているのだが、金がなくて結婚式を挙げることはできなかったのだ。
ようやく願いが叶うと、少しやつれてしまった妻が私の胸に飛び込んだ。
抱擁を交わしていると、しばらく涙が止まらなかった妻が顔を上げる。
「でも、今年も無理そうね? だって年末まで仕事が詰まっているんだものっ」
「ふっ。ああ、そうだな。なんとか日程を調整しなくては」
「……まさかこんな日が来るだなんて……」
リュセ様も参列してくれるかもしれないことは、今は内緒にしておこう。
そうでないと、妻は喜びすぎて気絶してしまいそうだ。
異世界へと繋がる発明品のことをすっかりと忘れている私は、名誉より妻への愛を優先した。
その行動により、エルヴィス様から認められた私は、サルース商会の傘下に入ることとなる。
今まで喉から手が出るほど欲しかった『安定した生活』を手に入れたのだ。
そして、限られた者だけが参加できるリュセ様の特別なお茶会にも招待され、新たな商品を生み出す場にも同席させていただくこととなっていた。
その場で、異世界へと繋がるエレベーターの話題は、一度として出ることはなかった。
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