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婚姻後
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しおりを挟む「おい、セナ。俺の夢に出てきたのはお前だな? そうだろう? もしそうなら、ゆっくりと瞬きをしろ。記憶にないのなら、瞬きは二回だ」
謎の尋問をする命令口調は、とても懐かしいものだった。
生後一週間の赤子相手になにを言っているんだ、お祖母様は。
理解出来るはずがないだろう。
まず、俺はまだ目を開けていないんだ。
お祖母様の夢に出たわけではないが、なんとなく記憶があるのかもしれない。
だからこれだけ鬼気迫った、魔王のようにおそろしい声色をしているのだろう。
「チッ、ダメか……。じゃあ、手を握れ」
「ちょっと母様? なにコソコソ話しているんですか? もしかして……。セナをいじめているわけじゃないですよね?」
「っ、そんなわけあるかっ!! お、俺は……」
「もうっ。意地悪するなら許しませんよ?」
ぷりぷりと怒っている人が、お祖母様に尋問されていた俺を抱き上げる。
ふわりと花の香りがして、それだけで幸福感に包まれる。
薄らと目を開けると、黒い瞳と目が合った。
「~~~~っ、超絶かわいいッ!!」
生後一週間の俺をぎゅうぎゅうと抱きしめているのは、傾国の美人。
漆黒の髪が美しい、俺の愛する母様だ。
名をリュセという。
異世界では、流星と書くそうだ。
そして俺の名は、やはりセナだ。
「…………」
可愛い可愛いと言い続けている母様の隣には、無言の男がいる。
俺の顔を覗き込む人物は、引き攣った表情だ。
まあ、その反応は仕方がない。
だって俺は、自慢の黒髪以外は、父様と瓜二つなんだからな?
ようやく両親の顔がなんとなく見えた俺は、すこぶる冷静だ。
……冷静、なんだ。
「ふえええええええ~~~~んッ!!!!」
(かあさまああああああああああああ!!)
俺は、生まれた瞬間から立派なマザコンだった。
一秒でも離れたくないと思っているというのに、幸せな瞬間を邪魔してくるガキがいる。
「セナはなんて可愛いんだッ!!」
毎日毎日、飽きもせずにブサイクな俺を羽交締めにしているのは、兄──シオン。
傾国の美人である母様に瓜二つで、黒目黒髪が自慢の兄だ。
そして……。
前回の人生では、存在していなかった人物だ。
しかも、俺は今、ライトニング公爵邸にいる。
三十になっても未婚だった父様は、後継者にはなれなかったはずだ。
そしてジェイコブとかいう、これまたクソ野郎がライトニング公爵になったんだ。
父様に似た俺にわざわざ会いに来て、父様がいかに無能なのかを語っていく。
毎日毎日、違う恋人を連れて……。
幼い頃はなにを言われているのかわからなかったが、俺を見下していることだけは、目を見たらわかった。
その時の母様は、いつも悲しそうだった。
平民が公爵に楯突くことは出来ないし、クソ野郎でも父様の遠縁の親戚。
長話に付き合わされてうんざりしていた母様だったけど、絶対に父様には会わせなかった。
悪意から、愛する夫を守るために……。
「…………あぶぅ」
(アイツだけは絶対に許さねぇ)
おっと。
ブサイクな俺を溺愛してくれていたエルヴィスお祖母様に似て、口が悪くなってしまっている。
成長した俺と過ごすことのなかった母様が知ったら、きっと幻滅されてしまう。
気をつけなければ。
……だが、すべてが変わっている。
とてもいい方に。
「セナ、セナ、僕の可愛いセナ。小さなシュヴァリエ様だッ♡」
「…………」
独り言の多い母様は、相変わらずだ。
俺の顔中にキスをしまくっている。
一回、隣の男を見てみろ。
目が死んでいるぞ。
それでも幸せすぎる俺は、にやにやする。
「シュヴァリエ様にそっくり! とーっても可愛いですよね?」
「っ……あ、ああ。カワイイナ」
完全に言わされている父様だが、これでも俺のことを愛してくれていた。
……母様がいなくなるまでは。
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