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婚約編
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しおりを挟むくしゃくしゃな顔で笑っている母様だって既に泣いているし、オースティン父様なんてこれから僕をエスコートしなきゃいけないのに、膝をついて号泣していた。
それからなんとか涙を止めた僕たちは、会場に向かう。
金色の髪を撫で付けて、凛々しい顔をしたオースティン父様の腕に手を置くと、黄金色の瞳に見下ろされる。
「本当は、今日……。リュセが異世界から来た時の荷物を渡そうと思っていたんだ」
「っ、そうだったんですか? 三年以上も前のことなのに、まだ保管してくれていたんですね?」
「ああ。服と少しの荷物だが……。リュセは、見たいか?」
普段通りに話してくれているけど、僕には低い声から緊張感が伝わって来ていた。
「いいえ。僕は、とっくの昔からミラジュー王国で生きていくと決めています。父様と母様、シュヴァリエ様……。この国には、僕の愛する人がたくさんいるから……」
僕の返事を聞いて、心の底からホッとした様子の父様がにっこりと笑った。
重厚な扉が開かれ、千人近くの招待客が集まる大聖堂が静まり返る。
長いバージンロードの先には、清廉さが漂う純白のタキシードを着た王子様が待っていた。
この時すでに、エルヴィス母様が僕の荷物を燃やしていたことを知らなかった僕だけど、正しい答えを導き出していた。
これでもかと目を見開く愛する人のもとへ、僕はゆっくりと歩いていく。
しばらく言葉が出てこない様子のシュヴァリエ様だったけれど、蕩けるような表情だ。
精一杯おめかしをした僕に、惚れ直してくれたに違いなかった。
「すごく綺麗だ、リュセ……。いつまでも見ていられる美しさだ、吸い込まれそうになる……」
「ふふっ、シュヴァリエ様もっ。まごうことなき、僕だけの王子様ですっ」
震える手でベールを上げたシュヴァリエ様に、触れるだけのキスをしてもらう。
盛大な拍手に包まれ、国中の人々から祝福された僕たちは、晴れて夫婦になった。
◇
おめでた婚となった僕たちの式は、大盛り上がりだった。
ウェディングドレスもそうだけど、ライトニング公爵家とサルース商会が手がけたものだから、演出も豪華で目新しい。
そんな中、僕の隣には視線だけで熊でも殺せそうな人がいる。
「結婚式当日まで、アイツらを魅了しないでほしかったんだが……」
「ふふっ。初めて見たドレスですし、目立ちますよね? でも、今日は僕たちが主役なんですから、目立って当たり前ですけどっ」
「…………違うんだが」
ぼそりと呟いたシュヴァリエ様は、今日は普段よりイケメン度が上がっている第二騎士団の部下たちが花びらを撒いている姿に、じっとりとした目を向けていた。
実は結婚式が始まる前に、シュヴァリエ様の機嫌を損ねてしまうような行動を取っていたことが原因だとわかっている僕。
それでも僕の好きなようにさせてくれた優しい旦那様に、僕はぎゅっと抱きついた。
「シュヴァリエ様? もう一回、誓いのキスをしますか?」
「っ……ハァ。やはりリュセには敵わないな」
笑顔になったシュヴァリエ様が、格好よく僕を抱き上げてキスをする。
黄色い声が上がり、素敵な王子様にお姫様抱っこされる僕は、満面の笑みで祝福してくれている人たちに手を振り続けた。
◇
その日の夜は、初めて夫婦の寝室で眠ることになった。
そっと僕の平べったい腹に手を置くシュヴァリエ様は、静かに目を伏せる。
産まれてくる予定の我が子に、心の中で語りかけているのだと思う。
「シュヴァリエ様? 普通に話しかけていいんですよ? パパだよ~って」
「っ……ああ。だが、まだ安定期ではないから……」
そう言って、上掛けを首元までしっかりとかけてくれたシュヴァリエ様。
今日は疲れただろうと、優しく目元を撫でてくれて、僕を寝かせようとしてくれている。
僕のお腹に血の繋がった子がいるというのに、シュヴァリエ様の一番は、ずっと僕だ。
「すくすくと育っているので、大丈夫です。僕、わかるんです。この子はどんなことがあっても、僕たちに会いに来てくれます」
「っ、そうか。……では、今日から話しかける」
コホンと咳払いをしたシュヴァリエ様は、『お前のお母様は、身も心も世界一美しい人だ』と魅惑的な優しい声で囁いた。
うっとりと見惚れる僕は、お父様はもっともっと素敵な人だと、心の中で叫んでいた。
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