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婚約編
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しおりを挟む「去年は兎を八羽だったけど、今年は十羽狩ると言っていたよ?」
ふふんと得意げに答えた情熱的な真っ赤な髪色の青年が、太めの小指を立てて紅茶を飲んだ。
「十羽も?! それなら、今年も優勝はワルモンド様で決まりじゃない!」
「カルロスも頑張るって言ってたけど、さすがに十匹は厳しいかなぁ~? でも、カルロス以外に、僕の恋人は五人参加してるんだよね~」
「凄いじゃないっ! それなら、優勝はワルモンド様だけど、今年の女神はミカエルね!」
「っ、それはまだわからないよ! ワルモンドはずっと腕を磨いてきたんだ。兎を十五羽狩るかもしれないしね? 僕のために──」
交流を深める場で、煌びやかに着飾った八名の青年が、にこやかに笑っている。
いよいよ狩猟大会が始まり、僕は年齢の近い人たちと集まって、お茶をしているのだけど……。
参加者が獲物を追う中、こちらはマウントを取り合う自慢大会が始まっていた。
「みんな面白いですよね? 今年の女神様は、リュセ様に決まっているのに……」
僕の隣でくすくすと笑ったのは、垂れ目が可愛らしいルマンド伯爵令息。
若草色の瞳が印象的な犬系男子のシャール様だ。
さっきから、他の人をよいしょしているだけで、特に自慢話をしていなかったシャール様は、初参加の僕に色々と教えてくれている。
子を宿すことが出来る人たちは、マウントを取り合うけれど、ギスギスした感じはない。
数少ないからか、比較的仲良しなのだと思う。
「そういえば……。ライトニング次期公爵も張り切っていたよね?」
にこっと笑ったのは、去年の優勝者であるワルモンド様の恋人──サマンタ様だ。
タバサ子爵家のご子息で、社交界では高嶺の花であった公爵子息との身分差の恋を実らせた人。
赤い髪色が目立つ、美男子カップルだそうだ。
シャール様の話によると、僕とシュヴァリエ様が結ばれるまでは、サマンタ様たちが社交界の噂の的だったらしい。
「腕に自信があるみたいだけど、第一騎士団のスター集団と同じ狩場でしょう? 運が悪かったと思うしかないね」
棘のある言い方をするサマンタ様に、他の参加者たちは無言になる。
今はまだ平民だけど、来月には公爵夫人になるからか、僕の顔色を窺っていた。
「でも、どんな獣を狩ってくるのか、気になるなぁ~? 顔がぐちゃぐちゃだったりして」
にこにこしていた僕だけど、シュヴァリエ様を侮辱されたことに気付いて、ピクッと頬が引き攣ってしまった。
「なんてことを──ッ、」
いち早く、非難する声を上げたシャール様。
僕の目には可愛く見えているから、このメンバーの中では、きっと容姿は醜い部類に入る。
だからあまり目立たないようにしていたのだろうけど、今は僕のために怒ってくれていた。
そんな優しいシャール様の硬く握られた手に触れた僕は、真正面に座るサマンタ様を見据えた。
「僕も楽しみです。冬の食糧を確保すべく、森の主を狩るとお約束してくださいました。領民のために──」
有能なセバスさんに指導してもらっている僕は、いつも以上に優雅に紅茶を飲んで、微笑んだ。
さっきまでイケイケだったサマンタ様が、なにも言い返せずに沈黙する。
マウントを取り合うつもりはさらさらない。
ただ、シュヴァリエ様を侮辱するなら、相手が誰であろうと受けて立つ。
内心メラメラしている僕の隣から、熱い視線が突き刺さる。
シャール様が「ほうっ」と蕩けた声を上げると、まあっ、さすがですっ、と他の方々が次々と感嘆の声が上げ、静まり返っていた場が賑やかになった。
「森の主ってことは、大熊!?」
「過去に熊を倒した例はないですよ!?」
「えっ、そうなんですね? シュヴァリエ様は、森の主に遭遇出来なくても、鹿を狩ると仰っていました。最悪、鹿肉を期待していてと……」
「っ!! 次元が違う……」
シュヴァリエ様を見直すような発言をする彼らに、僕も楽しく会話をする。
第一騎士団の人たちが、兎を何羽狩ってこようとも、本気を出したシュヴァリエ様は、誰にも負けないと信じている。
それでも無理をしないかと心配している僕は、とにかく無事に帰って来てくれることを祈っていた。
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