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婚約編

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 「子どもは神からの贈り物だ。もし、何十年と経っても贈り物が届かなかったとしても、責任を感じなくていい。私は、リュセさえいてくれればそれでいいんだ」

 艶のある黒髪を撫でながら、本心を伝える。
 異世界に戻ってしまうことはないとは思うが、リュセが隣にいない未来は、もう考えられなかった。

 感動したように私の名を囁いたリュセは、黒い瞳を潤ませていた。

 「今はまだ婚姻前ですし、そこまでプレッシャーを感じていなかったんですけど……。もし、何年経ってもお役目を全うできなかったら、僕はきっと悩んでいたと思います……。だから、話してくれて嬉しい……。ありがとうございますっ」
 「いや、それならいいんだ。周りになにを言われても、私がリュセを守るから……。私が悪いのだと伝えておく」

 額を合わせて微笑むと、リュセは至極嬉しそうに頬を染める。
 暑苦しいくらいに密着していたのだが、「でも……」と呟いたリュセは、恥ずかしそうに視線を彷徨わせ始めた。


 「昨日の僕は、シュヴァリエ様と愛し合うことしか考えていませんでした……。完全にお役目を忘れていたんですっ。ごめんなさいっ」


 えへへとはにかむリュセの可愛さに、私の心臓が機能を停止する。


 「シュヴァリエ様? おーいっ! 戻って来てくださーいっ!」


 …………カハッ。


 感動しすぎて吐血しそうになった私の目の前に、こ、小悪魔がいるっ。

 「っ……あ、ああ。私も、リュセと同じ気持ちだ……」
 「っ、よかったぁ~。シュヴァリエ様との愛の結晶はほしいですけど、今はまだそこまで考えられなくてっ。今の僕は、シュヴァリエ様のことでいっぱいです! ……貴族の妻としては失格ですか?」

 もしそうなら、セバスには言わないでほしいと、上目遣いでお願いされる。

 リュセの愛らしさと甘い言葉が、続け様に私の胸を打つ。

 可愛らしくキスをしてくるリュセにされるがままになる私は、幸せすぎていつ死んでもいいと思っていた。

 「………………休暇を取っておいてよかった」
 「ほえっ!? そ、それは、その……」

 ……意識を失いそうになったのだが。

 またしても勘違いをしているらしいリュセが、ぽっと頬を染めてもじもじし始める。
 うっとりとした表情で見つめられた私の理性は、一瞬で吹き飛んだ。

 今日はゆっくり過ごす予定を変更した私たちは、丸一日部屋に閉じこもっていた──。







 「シュヴァリエ様……。どういうことです?」
 「…………まあ、そうなるよな」

 怪訝な顔をするセバスに、私は肩を竦めた。
 
 『今日はお守り作りをしましょう!』と意気込むリュセは、いつもの愛らしさに色気が加わり、どこからどう見てもパワーアップしていた。

 そんなリュセに見惚れる使用人たちは、先程から作業の手が完全に止まっている。
 公爵家に仕える優秀な者の集まりのはずだが、女神の進化には驚かざるを得ないだろう。

 その為、噂を真実にしたのはよかったのだが、誤解は解けてしまっていた。

 そのことに、張本人だけは気付いておらず、ちらりと私を見つめて『青薔薇の貴公子様が、いつもよりキラキラして見えるっ』と呟いている。
 
 「普段よりキラキラオーラが増しているのは、リュセ様なのですが……」
 「ああ、愛らしいだろう?」
 「はい。とりあえず、結婚式までの残り三ヶ月間のお茶会は中止ですね」
 「…………いや、リュセの好きなようにさせてやってくれ」

 屋敷に監禁しそうな勢いのセバスに私も頷きかけたが、なんとか踏みとどまる。
 リュセの気持ちを優先させるように頼んでおいた。



 そしてお見送りのキスは、本日より頬から唇に変更されることとなる。

 背後にいる使用人たちの目が釘付けになっていることにも気付かずに、「いってらっしゃい」と、胸元で小さく手を振るリュセは、今日も今日とて愛らしかった。










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