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婚約編
16
しおりを挟む仕事も恋も順調すぎるくらいに幸せな生活を送って、早三ヶ月。
僕以外には厳しいセバスさんからは、『既に立派な公爵夫人です!』と、毎日のように褒められ続けていた。
後継者を産むという、最重要事項だけはまだしていないというのに、ジャスティン様はなぜか新生児用の洋服を買い始めていた。
気が早すぎると思うけど、いつかは必要になるものだから、僕も一緒に選んでいる。
この三ヶ月間、僕は毎日シュヴァリエ様と添い寝をしているんだ。
仲良しだと思われているけど、使用人たちの間では、『シュヴァリエ様が、リュセ様に骨抜きにされている』との噂も立っていた。
「盛大な勘違いなんだけど……」
「っ……まさかとは思いますが……」
顔面蒼白になったセバスさんの額から、ツーッと汗が流れるのを見ながら、僕はこくりと頷く。
上機嫌で食事を楽しんでいたジャスティン様が、カラトリーを落として、カチャンと音が鳴った。
その音で、うとうとしていたシュヴァリエ様が、ハッと目を覚ます。
二人の咎めるような視線が、ゆっくりと僕の隣に向けられ、朝だからかちょっと気怠い感じが色っぽいシュヴァリエ様は、困ったように頷いていた。
「実は──」
「実際には、僕が、シュヴァリエ様に骨抜きにされているんですっ!!」
真っ先に「きゃあっ♡」と小さな悲鳴を上げたのは、話を盗み聞きしている使用人たちだ。
いつもは黙々と仕事をしているのに、この手の話になると興奮してしまうらしい。
「っ、な、なんとっ!!!!」
「ハァ~~。驚かせないでくれ。……いや、それもそれで充分に驚く案件だな? シュヴァリエは、体力だけはあるからな」
「若いとは素晴らしいことです……。毎日リュセ様を満足させているだなんて、さすがはシュヴァリエ様です」
「はいっ! 大好きな気持ちが増し増しです!」
ねっ! と同意を求めて隣を見たけど、シュヴァリエ様は恥ずかしかったのか、食卓の上に突っ伏していた。
◇
ギラギラとした太陽が照りつける午後。
熱中症を心配する僕は、庭師のハロルドさんたちと、室内で新しいお仕事をしていた。
庭師の仕事に誇りを持っているハロルドさんだけど、年齢は五十代半ばだ。
さすがに炎天下でのお仕事は、キツイものがあると思う。
なにかいい仕事はないかと探していた時に、僕が母様の誕生日プレゼントに、プリザーブドフラワーの髪飾りを作った話題で盛り上がったんだ。
そこでみんなにも作り方を教えて、今ではお屋敷にも飾っている。
実家にもお裾分けに行き、商会で販売することも決定したんだ。
母様の影響もあって、元々花が好きだった僕は、あっという間に使用人たちと打ち解けていた。
そんな僕が現在手にしているのは、この国には存在しない青い薔薇。
大好きな人の瞳の色をした薔薇だ。
実は、本日……。
シュヴァリエ様のお誕生日!!
世界に一つだけの花をプレゼントする予定なんだっ。
「シュヴァリエ様、喜んでくれるかな? やっぱり、洋服とかの方がよかったのかも……」
「そんなことありませんっ! きっと喜ばれますよっ!」
「そうです。リュセ様からのプレゼントなら、なんだって喜ぶと思いますけどね?」
優雅に紅茶を飲みながら、ふわりと微笑を浮かべたのは、さりげなく参加しているセバスさん。
以前までは、使用人の間では『怖い人』って印象だったらしいけど、今ではみんなとも仲良しだ。
「今夜は一段と熱い夜を過ごすのでしょうねぇ」
「そうですね。リュセ様は、早く準備をっ!」
「……暑い夜? 確かに、それもそうか」
今日は一段と暑い一日だったし、夜はきっと寝苦しいかもしれない。
それでも僕は、シュヴァリエ様に密着して寝るのだ!
「結婚式までに、新しい命が宿るかもしれませんね?」
「シュヴァリエ様は、毎晩リュセ様のもとへ通っていますからねぇ。我が子を抱ける日も、そう遠くはないでしょう」
「めでたいですなっ! でも、結婚式の衣装を見直さなくてはならないのでは?」
「ふふっ。この私が手配していないとでも?」
「さすがセバスさんだっ!」
お出迎えの準備をするために席を立った僕の背後で、衝撃的な発言が飛び交っている。
青い薔薇を手に立ち尽くす僕は、ひとり愕然としていた。
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