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婚約編
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しおりを挟む本日から半年間、ライトニング公爵家でお仕事を学ぶことになっている僕は、笑顔で出迎えてくれたシュヴァリエ様とのんびりとお茶をして、初日を終えていた──。
屋敷を案内してもらったり、広い庭園を散歩したりと、初日はまったりモード。
使用人の人たちもみんな優しくて、名前を覚えることしか出来ていないのに、大袈裟なくらいに喜ばれた。
きっと緊張する僕のために、気を遣ってくれたのだと思う。
ジャスティン様も交えた三人で、豪華な夕飯を食べ終えた僕は、控えている几帳面そうな中年男性に話しかけた。
「あの、セバスさん。明日から、本格的にお仕事を教えてもらえるんですか?」
僕に質問に、柔らかな笑みを浮かべたのは、家令のセバスさん。
濃い青色の髪をぴっちりと撫で付け、清潔感溢れるダンディーなおじさま。
ミラジュー王国では、濃い髪色が美しいとされているそうで、自慢なのだと話してくれた人だ。
「世間では、婚姻までの半年間に夫人の仕事を学ぶとされておりますが……。実際は少し違います。嫁ぎ先で、如何に自身が幸せに過ごせるのかを判断しているのです」
「……というと?」
「リュセ様の場合はライトニング公爵家だけですが、他の者たちは違います。お相手の人数によって、負担が大きくなってしまいます」
「あっ! そうか」
「はい。ですから、ほとんどの者が夫や家令に仕事を任せています」
僕はシュヴァリエ様オンリーだから、ライトニング公爵家で与えられた仕事をしたらいいけど、重婚した人たちは、いくつもの家の仕事をこなさなければならない。
それぞれの家でやり方も違うだろうし、間違えては大変だ。
だから最初から妻の役割は一つしかないそうで、それが幸せに過ごすこと。
ミラジュー王国は、夫が妻を大切にする国なので、特に不満は出ないそうだ。
つまりこの半年は、夫側が妻側をもてなす期間になる。
だから妻になる人は、のんびりと過ごすことが普通らしい。
公爵夫人の仕事をガンガン覚えていくつもりだった僕は、衝撃を受けていた。
「わかりやすく言えば、夫側がおもてなし合戦をするのです。ですから、屋敷の管理も引き続き私が行う予定ですので、リュセ様には、心穏やかに過ごしていただければと思っております」
異世界人の僕にもわかるように、セバスさんが丁寧に教えてくれる。
後継も育てているから、なんの心配もないと言われてしまった僕は、呆気に取られた。
しかも、シュヴァリエ様もそれでいいと思っているらしい。
いつも『隣にいれるだけで幸せだ』と、甘い台詞を伝えてくれていたけど、本心だったみたいだ。
「私も、リュセにはなんの不自由もなく過ごしてほしいと思っている。その為に、私やセバスがいるんだ」
任せてくれとばかりに微笑むシュヴァリエ様を見つめる僕は、そっと両手を取った。
「でも、僕は公爵夫人としての仕事は、出来る限りしたいと思っています。どんなに難しいお仕事だったとしても、全力で頑張るつもりです。そうでなければ、僕は胸を張ってシュヴァリエ様の隣に立つことはできません」
「っ……」
今の僕の熱い気持ちを伝えると、繋いでいる手をぎゅっと握り返してくれたシュヴァリエ様は、唇を噛み締めていた。
「ありがとう。リュセの好きにしてくれていい。困ったことがあれば私も手伝う。リュセは無理をしないように」
「っ、はい!」
にこにこと微笑み合う僕たちを見守るセバスさんは、感極まったように口元を押さえていた。
了承してくれたセバスさんに、僕は明日からお仕事の引き継ぎをしてもらう約束をした。
それから紅茶を飲んでまったりしていると、シュヴァリエ様が席を外した瞬間に、セバスさんに耳打ちをされた。
「実は、屋敷の管理とは比べ物にならないほど、重要な仕事があるのです。リュセ様の負担になってしまってはいけないので、先程は話しませんでしたが……」
「はい、なんでも言ってくださいっ!」
「では。お言葉に甘えて……。ですが、無理はなさらないでください。こればっかりは……」
言い淀むセバスさんは、何度も無理はしなくてもいいと話している。
そんなに大変なお仕事なのかと、逆に僕はやる気が漲っていた。
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