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婚約編
3
しおりを挟む「楽しんで来いよ~!」
シュヴァリエ様がリュセを迎えに来てくれ、揃いの衣装を着た二人がダンスパーティーに向かう。
大きく手を振っていたエルヴィスは、仲睦まじい二人を乗せた馬車が見えなくなると、すんと表情をなくした。
それから無言で屋敷に戻り、自室からリュセとの思い出の品を引っ張り出して来る。
ひとつひとつ手に取って、過去を思い出し、ぼんやりと過ごすのが、最近のエルヴィスの日常だった──。
エルヴィスとは同じ悩みを抱えた者同士で、学生時代から一緒にいた仲だ。
後継者争いに敗れてからは、家族を見返してやろうと立ち上がった同志でもある。
仕事の為に婚姻し、互いに愛し合う関係ではなかったのだが、その関係が変わったのは三年程前。
新しい家族──リュセを迎えてからだ。
三人で暮らしていくうちに、私たちはいつしか本物の夫婦になっていた。
「卒業式には、これをつけようと思う」
そう告げたエルヴィスが手にしているのは、なによりも大切にしている髪飾り。
こっそりとお小遣いを貯めていたリュセが、自分の手で作ったものだ。
「ああ。リュセもきっと喜ぶ」
「ククッ。俺にこんな綺麗なものをプレゼントしてくれる人は、リュセだけだ」
ニッと笑ったエルヴィスは、誕生日プレゼントに貰った髪飾りを、大切そうに撫で続けていた。
生花に加工を施し、小ぶりの宝石が散りばめられた美しい髪飾りは、この世に一つしかない。
本当は毎日身につけたいのに、ここぞという時にしか使用しない髪飾りは、ラベンダー色の髪によく似合う。
リュセがエルヴィスのことを考えて作ったと、ありありとわかるそれは、私の宝物でもあった。
なにせ、学生時代から髪飾りをつけるだけでも、馬鹿にされてきたのだ。
醜いくせにお洒落をしてと、似合っていないと、散々傷付けられてきた。
それから装飾品を好んでつけなくなったエルヴィスだが、リュセと出逢ってから変わった。
醜い私たちを着飾り、『とても綺麗です』と感嘆するリュセは、神秘的な黒い瞳を輝かせるのだ。
サバサバとした気の強い性格のエルヴィスだが、綺麗なものが好きだった。
リュセと二人で買い物をしてきて、帰宅後はファッションショーとやらをする。
家族三人で、屋敷の中でだけ楽しむファッションショーは、エルヴィスにとってはかけがえのない時間だったのだ。
その頃から、私たちは薄々気付いていた。
リュセの美醜の感覚が逆転していることに──。
だが、エルヴィスの笑顔を守りたくて、どうしても話すことが出来なかった。
それでも真実を打ち明けた時、リュセは許してくれた。
むしろその日から、より絆が深まったと思う。
「公爵夫人になったら、リュセとは頻繁に会えなくなるな……」
「まあ、慣れるまでは仕方がないだろう……。それに、リュセが忙しいなら私たちが遊びに行けばいい。二人なら歓迎してくれるはずだ」
「…………ゔぐっ、リュセぇぇぇぇ~~~~」
まだ嫁に行ったわけでもないのに、今生の別れかのように泣いている。
そんなエルヴィスの背を撫でる私も、少しだけ泣いてしまった。
◇
日付が変わる前に、ライトニング公爵家の馬車が屋敷の前に止まる。
興奮冷めやらぬ様子のリュセがおりて来て、エルヴィスに飛びついた。
「なんだ、随分と早かったな? お泊まりでもよかったんだぞ?」
「っ、お、お泊まりって!! 僕たちには、まだ早いですっ! ね?!」
「あ、ああ。そうだ、無理だ……。いろいろと」
狼狽えるふたりを揶揄って楽しむエルヴィスは、さっきまで号泣していたのが嘘のように笑っている。
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