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リュセ

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 空気を読んだベアードさんが、ミイルズさんを連れ出そうとしたけど、僕はそれを制した。

 なんとなくだけど……。
 ミイルズさんがシュヴァリエ様に執着しているのは、お金のためだけじゃない気がする。
 そして、金輪際関わってほしくないから、ミイルズさんにも聞かせようと思う僕は、戸惑うシュヴァリエ様を見上げた。


「僕たちの婚約にはなんの条件もありませんでしたが、シュヴァリエ様の気持ちを聞いて、婚約の条件を追加したいと思いました。受け入れられないのであれば、今この場で、僕はシュヴァリエ様との婚約を破棄します」


 僕の声色で本気度が伝わったのか、シュヴァリエ様だけでなく、この場にいる全員が息を呑んだ。
 途端にみんながざわつき始めたのだけど、僕は全く動じていない。
 その態度に、シュヴァリエ様が焦ったように声を上げた。

「っ、どんな条件でものむ」
「……わかりました」

 真っ直ぐに僕を見つめる瞳からは、想い焦がれる熱が伝わって来る。
 僕が一歩踏み出すと、今からなにを言われるのだろうと、どこか追い詰められたような緊張感が表情にあらわれていた。
 それでも覚悟を決めているのか、シュヴァリエ様はぐっと奥歯を噛み締めた。

「僕の譲れない条件は、互いに伴侶となる者だけを愛することです」

 極々当たり前のことを言った僕に、シュヴァリエ様は目を瞬かせた。
 「それはもちろん──」と、話そうとする声を、僕は敢えて遮った。


「つまり、重婚をしないこと」
「………………っ」


 僕の条件を聞き、カッと目が見開かれる。
 信じられないような顔をするシュヴァリエ様は、本当に僕が重婚してもかまわないと思っていたみたいだ。

 僕の気持ちが全然伝わっていなくて、ぶわっと涙が溢れた。
 我慢出来なくて、ぽろぽろと涙がこぼれてしまうけど、この場にいる全員に聞かせるために、僕は声を振り絞る。


「僕は、大好きな人が苦しむ未来なんて、望んでいないっ!」


 水を打ったように静まり返る中、僕は必死に涙を拭っていた。

 シュヴァリエ様には、傷付くことに慣れているだなんて言ってほしくない。
 ずっと笑顔でいてほしいんだ。
 そして幸せそうに笑うシュヴァリエ様の隣にいるのは、一生僕でありたい……。

「本当に僕を愛しているなら、重婚なんて認められないはず……っ。僕はシュヴァリエ様のことが大好きだけど、他の人とも婚姻するって言われたら、僕は絶対に認められないっ。絶対に嫌ですっ!!」
「っ、リュセ」

 泣きじゃくる僕を、シュヴァリエ様が力強く抱きしめてくれる。
 すまない、と何度も謝る声はすごく震えていた。

「子孫を残すためだって言われても……どんな理由があったとしても、僕は断固拒否しますっ。だから、シュヴァリエ様も、僕以外の人を受け入れたら絶対にダメですっ!」

 嗚咽を堪えるシュヴァリエ様が、ああ、と何度も答えてくれる。
 歓喜に震える低い声が、僕の耳を擽る。
 僕が重婚してもかまわないと思っていたのだろうけど、きっと本心は違ったんだと思う。

 ミラジュー王国の大半の人が重婚しているわけだから、僕も重婚すると思われていたんだ。
 誤認している人たちに、僕はシュヴァリエ様だけを愛することを知ってもらいたかった。
 それは、シュヴァリエ様にも。
 重婚は絶対に嫌だと声を大にしてほしいと思い、少し意地悪をしてしまった。


 ……そういえば、僕の育った国は一夫一妻制だって話していなかった気がする。

 割れんばかりの拍手喝采を浴びる僕の背に、冷や汗が流れた。
 それでも、耳元で「愛してる」と囁かれた僕は、蕩けた顔でシュヴァリエ様に抱きついていた。

 シュヴァリエ様が少し体を離し、僕の顔を覗き込む。
 涙に濡れる瞳から、とっても熱い視線を送られた僕は……力強く頷いた。












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