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42 スープ
しおりを挟む瞬時に剣を抜き、雷を纏わせる。
剣がぶつかる音が鳴り、私の視界には鳶色の髪が舞うように降下する。
急に仕掛けてきたバルサール国の英雄は、苦悶に満ちた表情で膝をついた。
それでも、自身の痙攣する手から剣を離さないところは、さすがだとも言えるだろう。
しかし、なぜ急に剣を向けてきたのかと怪訝な顔で、額から汗を流す美丈夫を見下ろす。
「私の、負けだ」
潔く負けを認め、私の手を取ったエミリオ・クロマティー。
鳶色の瞳は、恐れの色よりも、私を賞賛しているように見えた。
視線が交わったまま、手の甲に温もりを感じる。
「お約束通り、貴方に忠誠を誓います」
眩しいものを見るように、すっと目を細める美丈夫に熱い視線を送られる。
…………どういうことだ?
スレジット国の兵士たちから歓声が聞こえるのだが、私の思考は停止している。
暫くして立ち上がったエミリオが、優しい眼差しで私を見下ろしてくる。
なんだ、この男は……。
困惑していると、二人の間に漆黒の髪の美丈夫が割って入った。
「私の婚約者に軽々しく触れるな」
「久しいな、アリステア・マートン。まさか、お前の婚約者に忠誠を違うことになるとは思わなかったぞ」
「そんなことを認めるわけがないだろう。お前だけは、今すぐ母国に帰れっ!」
「冷たいことを言うな、私達の仲だろう?」
「……何を言っても無駄だと言うことか?」
ぐっと口角を持ち上げるエミリオに、漆黒の髪を雑に掻いたアリステア様が深い溜息を吐く。
「さっさと諦めて欲しいが、今は……飯だな」
スレジット国の兵士たちが大鍋を準備し始め、先程まで殺伐としていた場所に良い香りが漂う。
腹を空かせたバルサール国の兵士たちが唾を飲む。
まるで拷問のようなことをするアリステア様を、ある意味恐ろしく思っていると、なぜか敵味方関係なくスープを配り始めた。
今すぐ平らげたいが、毒でも入っているのかと警戒する彼らに、スープを手にしたアリステア様が口をつけた。
「うん、うまい。クラウディアも食べよう」
ニカッと笑ったアリステア様のやりたいことがわかり、相変わらず優しいお方だと思いながら、スープを受け取った。
敢えて豪快にスープを飲み干すと、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
あとで説教だと、じっとりとした目を向けられて萎縮していると、迷わずスープを飲み干したエミリオが肩を竦めた。
「お前のそういうところが憎めない」
「私はエミリオを憎いと思ったことはないぞ? ……いや、さっき初めて思ったな?」
くつくつと笑い合う二人は、意外にも親しい関係だったようだ。
積もる話もあるだろうと、静かにその場から離れた。
「ククッ。まるで噂とは真逆ではないか」
「その目で真実を見極めただろう?」
「……ああ、彼女は本物の戦神だ」
背にゾクっとするような視線を浴びる私は、アリステア様からの説教では、婚約破棄を言い渡されるのだろうかと、的外れな心配をしていた。
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