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40 敗北宣言

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 敵国の中心にいる威勢の良い美青年が動きを止め、側に控えていた鳶色の髪の美丈夫に話しかけられて、大きく肩を揺らした。

 「ぬわっ!」
 
 なにやら二人が会話をしていたが、「煩いッ!」と叫んだ金髪の美青年が、ゆっくりと私の元に馬を走らせる。

 「お、おい! 貴様……じゃなくて、君っ! 名前を、教えてくれないか」
 「クラウディア・スアレス」
 「う、うむ。まだマートンではないのだな……ク、クラウディア」

 先程、自分でアリステア様の婚約者を叩き斬ると宣言していたのに、もう忘れたのかと頭の弱そうな青年に、苦笑いを浮かべる。

 「始めようか」
 「っ、ま、待て。待ってくれ。私は、君のような美しい女性に、剣を向けることはできないっ」
 
 眉間に皺を寄せ、か弱い令嬢を見るような目を向けられる。

 不愉快だが、思惑通りだ。
 だが私が一騎討ちを申し出たことは、事前に知っており、更には宣戦布告までされている。
 それなのに、どうして今更拒否し始めたのか、謎が深まるばかりだ。

 「安心してくれ。私はそう簡単に負けやしない」
 「っ、安心できるわけがないだろうっ! 君を傷つけるなんて、私には無理だ……」
 「では、代わりの者を」

 傲慢な口調だが、心根が優しいのだろうと察し、他の者を対戦相手に望むことにした。

 「いやッ!! 今回は、負けを認める」
 「ッ! なにを仰っているのですっ!!」
 「煩いッ! お前たちは黙っていろッ!」

 彼が戦う前に敗北宣言をしたことにより、バルサール国の兵士たちがどよめく。

 華麗に白馬から降りた美青年は、金色の髪を掻き上げ、やたらと真剣な表情で私の元に歩み寄る。

 そして、優雅に右手を差し出される。


 「クラウディア。君のことは、私が一生守ると誓おう。だから、私の妻になれ」


 私を見上げる熱の孕むアメジストの瞳は、本気の目をしていた。

 彼は多分、エミリオ・クロマティーなのだろうが、なぜアリステア様と敵対している相手にプロポーズされているのだろうか?

 ……まさか、私の強さを知っていて、バルサール国にスカウトしたいのか?

 名前を告げただけなのに、秘密がバレているのかと戸惑っていると、今度はスレジット国の兵士たちの怒号が響いた。

 ブチギレている彼らは、私がアリステア様の婚約者だということを認めてくれているらしい。

 馬から降りた私は、敵将に向かって微笑む。

 「私に勝てたら考えてやっても良い」
 「…………クッ、クハハハハッ! さすが私が見込んだ女だっ! やろうではないかっ!」

 勝利を確信して高笑いをする敵将に、にんまりと口角が上がる。

 ようやくバルサール国の英雄と戦うことができる……と思っていたのだが。
 目の前の相手からは、全くと言って良いほどなにも感じない。
 むしろ、彼の側に控えている鳶色の髪を結っている男の方から、殺気を感じ取れた。
 
 ただ、その殺気が向けられているのは、私ではないことが若干気になるが……。

 バルサール国の英雄は、随分と自由な男なのだと思っていた私は、これから敵国の王子を一撃で沈めることになる。









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