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29 小さな芽
しおりを挟むゆっくり休んでくれと話を締め括ったアリステア様が退出し、エメラルドが戻って来る。
私の顔を見た瞬間に、満面の笑みを浮かべた。
「わかっていて話さなかったんだな?」
恨めしそうにエメラルドを見るが、すっとぼけた顔をされてしまった。
「話そうとしましたよ? でも、ちょうどご本人が登場されたので。私から聞くより、辺境伯様から言われた方が、胸キュン案件でしたので」
「……なにが胸キュンだ」
「そんな顔で言われても、可愛いとしか思えませんっ! 春が来ましたね?」
「まだ秋だぞ」
くすくすと笑うエメラルドが、なぜか私より幸せそうな顔をしているから、なにも言えなくなってしまった。
話の内容を根掘り葉掘り聞かれて、少しだけ気になっていることを質問することにした。
「アリステア様が、青が好きだと言っていたんだが……」
「まあまあまあっ! 両想いだったのですね?」
「っ、違う!」
全力で否定したが、エメラルドはうっとりとした表情で手を組んでいた。
「想い人はいないと言っていただろう」
「いえ、脈ありです。断言します」
「……そんなことを言われても、私は」
「まだラウル殿下のことを?」
「それはない」
即座に返答すると、嬉しそうに頷いていた。
むしろ、私自身があのときの想いが恋だったのかわかっていない。
ただ、傷付いたのは、良好な関係になれたらと思っていた相手に裏切られたから、と言った方が正しいような気がする。
そう思ったのは、アリステア様といる時の方が、表情を取り繕えないくらい心を揺さぶられるから。
「こんな気持ちは、初めてだ……」
思わず漏らした言葉にハッとして顔を上げると、エメラルドは愛おしげな眼差しで私を見ていた。
「お互い、小さな感情が芽生えたばかりなのです。今はその芽が小さくとも、すくすくと育っていくことでしょう。お二人を見ていると、いずれは仲睦まじい関係になる未来が予想出来ます。焦らなくても良いと思いますよ? だって辺境伯様は、私も驚くほど、クラウディア様を気遣っておられるのですから……」
優しく告げられて、ゆっくりと頷いた。
「たまには良いことを言う」
「たまにって!」
「アリステア様に失礼な態度を取らないでくれ」
しゅんとするエメラルドは、本来ならとても礼儀正しい侍女だ。
今回のことは、私のことを思っての行動だったとわかっているので、優しく緑色の髪を撫でる。
「でも、正直助かった。自分からは聞けなかっただろうし」
「っ、はい! これからも、お役に立てるよう頑張りますっ!」
「ああ。無茶だけはしないでくれ」
笑顔で和解したが、その後に御者のサントスが、兵士たちに剣術の指導をしたと聞いて、頭を抱えた。
「もう若くないのだから、無理をするなと伝えておいてくれ」
「はい。でも、腕の立つ若者五人を相手にしても、余裕だったみたいですよ?」
「…………もう寝る」
我が家の使用人たちは、どうしてこうもじっとしていられないのかと頭を抱える。
だが、明日は早起きをして、アリステア様と手合わせをしようと思っている時点で、そもそも私が一番の問題児だと気付かされた。
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