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23 擽ったい
しおりを挟む敵兵の姿が見えなくなり、そろそろ戻ろうかと周囲を見渡すと、雨を浴び続ける兵士たちは、塔の天辺をただ呆然と見上げていた。
敵兵は撤退したのに、どうしたのかとアリステア様を見れば、眩しいものを見ているかのように目を細めていた。
「アリステア様?」
「……風邪を引くから早く中に入ろう」
気が利かなくてすまないと謝罪するアリステア様に連れられて、談話室に案内された。
用意をして下さったタオルで髪を乾かしていると、彼の部下が温かな紅茶を淹れてくれる。
だが、慣れない手付きだったため、太々しい態度のエメラルドに押し退けられていた。
数日前にアリステア様の使用人達に、無礼な態度を取られたことを根に持っているらしい。
ソファーの対面に腰掛けたアリステア様も、適当に髪を乾かし、早速質問を投げかけられた。
「それで。さっきは遠くてよく聞こえなかったが、私を婚約者殿と言っていなかったか?」
「ああ、知らなかったのですね」
「なんてこと! 街中の人々も知っていることなのにっ!」
「……エメラルド」
いくら私の婚約者と決まっているからと言って、さすがに使用人が辺境伯様に対して、無作法な振る舞いをしてはならないと窘める。
謝罪しつつも、怒り心頭の様子を見たアリステア様は、眉を顰めた。
「いや、良い。話してくれ」
では、と仏頂面で話し始めたエメラルドは、私とラウル殿下の婚約が解消となった経緯から、ここに来るまでの詳細を話した。
誰に何を言われたのかも、彼女が全て手帖に控えており、それを聞いたアリステア様は、信じられないといった様子で天を仰いだ。
「本当にすまなかった。帰ったら、まずは全員に謝罪させる。もしそれで態度が改まらない場合は、使用人全員を解雇する」
「そこまでしなくても……」
「なぜ私に知らせなかったのかはわからないが、それが意図的に行ったのなら話は別だ。調べる必要があるだろう」
「調べるまでもないかと」
物怖じすることなく、淡々と答えるエメラルド。
確かにそうかもしれないが、決め付けるのは良くないだろうと、眉を下げる。
「敵国との戦が始まるかもしれない状況だったから、主人を煩わせたくないと思ったのかもしれないだろう?」
「それとこれとは話が別です。使用人が王命を無視し、さらにはスアレス侯爵家のご令嬢を追い返したのです。処罰は免れません」
真剣な表情で頷いたアリステア様は、再度謝罪をして下さった。
「ああ、きちんと対応するつもりだ。クラウディアを軽視する者は、私の邸には必要ない。私の可愛い弟子であり、……婚約者だからな」
最後は少し小さな声だったが、婚約者という言葉に、トクンと胸が波打った気がした。
今の発言を誤魔化すように、咳払いをするアリステア様。
十も歳の離れた私を、婚約者として少しは歓迎してくれているのかもしれないと思うと、なんだか擽ったい気持ちになった。
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