23 / 46
23 擽ったい
しおりを挟む敵兵の姿が見えなくなり、そろそろ戻ろうかと周囲を見渡すと、雨を浴び続ける兵士たちは、塔の天辺をただ呆然と見上げていた。
敵兵は撤退したのに、どうしたのかとアリステア様を見れば、眩しいものを見ているかのように目を細めていた。
「アリステア様?」
「……風邪を引くから早く中に入ろう」
気が利かなくてすまないと謝罪するアリステア様に連れられて、談話室に案内された。
用意をして下さったタオルで髪を乾かしていると、彼の部下が温かな紅茶を淹れてくれる。
だが、慣れない手付きだったため、太々しい態度のエメラルドに押し退けられていた。
数日前にアリステア様の使用人達に、無礼な態度を取られたことを根に持っているらしい。
ソファーの対面に腰掛けたアリステア様も、適当に髪を乾かし、早速質問を投げかけられた。
「それで。さっきは遠くてよく聞こえなかったが、私を婚約者殿と言っていなかったか?」
「ああ、知らなかったのですね」
「なんてこと! 街中の人々も知っていることなのにっ!」
「……エメラルド」
いくら私の婚約者と決まっているからと言って、さすがに使用人が辺境伯様に対して、無作法な振る舞いをしてはならないと窘める。
謝罪しつつも、怒り心頭の様子を見たアリステア様は、眉を顰めた。
「いや、良い。話してくれ」
では、と仏頂面で話し始めたエメラルドは、私とラウル殿下の婚約が解消となった経緯から、ここに来るまでの詳細を話した。
誰に何を言われたのかも、彼女が全て手帖に控えており、それを聞いたアリステア様は、信じられないといった様子で天を仰いだ。
「本当にすまなかった。帰ったら、まずは全員に謝罪させる。もしそれで態度が改まらない場合は、使用人全員を解雇する」
「そこまでしなくても……」
「なぜ私に知らせなかったのかはわからないが、それが意図的に行ったのなら話は別だ。調べる必要があるだろう」
「調べるまでもないかと」
物怖じすることなく、淡々と答えるエメラルド。
確かにそうかもしれないが、決め付けるのは良くないだろうと、眉を下げる。
「敵国との戦が始まるかもしれない状況だったから、主人を煩わせたくないと思ったのかもしれないだろう?」
「それとこれとは話が別です。使用人が王命を無視し、さらにはスアレス侯爵家のご令嬢を追い返したのです。処罰は免れません」
真剣な表情で頷いたアリステア様は、再度謝罪をして下さった。
「ああ、きちんと対応するつもりだ。クラウディアを軽視する者は、私の邸には必要ない。私の可愛い弟子であり、……婚約者だからな」
最後は少し小さな声だったが、婚約者という言葉に、トクンと胸が波打った気がした。
今の発言を誤魔化すように、咳払いをするアリステア様。
十も歳の離れた私を、婚約者として少しは歓迎してくれているのかもしれないと思うと、なんだか擽ったい気持ちになった。
2
お気に入りに追加
359
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。
りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。
やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか
勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。
ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。
蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。
そんな生活もううんざりです
今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。
これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる