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20 捻じ曲がった噂話
しおりを挟む長年啀み合ってきた隣国バルサールとの領土問題により、今は緊迫した状況下にある。
しかしスレジット王国には、アリステア様という有能なお方がいる。
彼の存在によって攻め込まれることはないものの、バルサール国もここ数年で力をつけている。
問題はないだろうが、一刻も早くアリステア様の無事を確認したい気持ちもあり、私たちは国境にある要塞に向かうこととなった。
三時間ほど馬車を走らせ、日が暮れる前に腹拵えをしようと近くの街に寄ることにした。
辺境の地と聞くと何も無い田舎だと思われがちだが、アリステア様の手腕によって、街は活気付いている。
「鹿の肉を提供しているお店があるそうですよ」
「ではそこにしよう」
辺境の地に来る前に集めた情報を教えてくれるエメラルドは、顔を綻ばせる。
きっと鹿肉を食べてみたかったのだろうと察し、目的地に向かうと、行列が出来ていた。
侯爵家の令嬢が列に並ぶだなんてありえないと、他の店を探し出すが、特に問題は無い。
私の顔を知っている者がいるとは思えないが、念の為に外套のフードで顔を隠した。
「私が並びますので、お嬢様は馬車でお待ちを」
「いや、大丈夫だ。むしろサントスが待っていたらどうだ? 並んでおくぞ」
何を言っても無駄だと溜息を吐く中年の御者は、焦茶の髪を掻く。
小皺のある人好きのする顔で優しく微笑むサントスは、スアレス家でも私とクラレンスの二人を平等に扱ってくれる人物だ。
私だけなら野宿でも良いが、二人もいるため近くの宿に一泊しようと話していると、列に並ぶ人々の声にエメラルドの目がすっと細くなった。
「なあ、聞いたか? 辺境伯様が、王子に捨てられた女を嫁さんとして迎えるんだってな」
「まったく、何を考えているんだか。どうせ我儘な女なんだろ? お忙しい辺境伯様に問題児を押し付けるなって話だよ」
「そうなんだよ。しかも、王子の婚約者だった女が、王子の想い人に嫌がらせしていたらしい。それで遠くに飛ばしたんだと」
「ハッ。性悪じゃねぇか」
「ああ、でも王子と王子の恋人は、子宝に恵まれて、結ばれたって話だ。それで悪女も、二人の仲を裂くことは諦めたらしい」
「そりゃあ、めでたい。その女もバチが当たったんだな!」
ガハハと豪快に笑う中年の男性達の声に、完全に目が据わっているエメラルドが口を開いたので、直様手で口を封じる。
「でもそれって少しおかしくないですかい?」
噂話に急に口を挟んだサントスは、にこにこと頬を緩ませていた。
「婚約者がいるのに、不貞行為をした二人が本当の悪では?」
「え、ま、まあ、言われてみれば……」
「だからって嫌がらせは……」
「どんな嫌がらせをしたんです? 証拠はあるんですか?」
視線を彷徨わせる男性陣に、サントスは笑みを深める。
「皆さんの尊敬する辺境伯様の婚約者様に対して悪く言うことは、辺境伯様の評判を下げる行為と同じこと。今後はお気をつけ下さい」
親しみやすい顔なのだが、妙に迫力があるサントスに対して、噂をしていた街の人々がゆっくりと頷いた。
何を言われても受け入れる覚悟だったが、私を擁護してくれるサントスのおかげで、心が晴れやかになった。
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