上 下
20 / 46

20 捻じ曲がった噂話

しおりを挟む

 長年啀み合ってきた隣国バルサールとの領土問題により、今は緊迫した状況下にある。
 しかしスレジット王国には、アリステア様という有能なお方がいる。
 彼の存在によって攻め込まれることはないものの、バルサール国もここ数年で力をつけている。

 問題はないだろうが、一刻も早くアリステア様の無事を確認したい気持ちもあり、私たちは国境にある要塞に向かうこととなった。

 三時間ほど馬車を走らせ、日が暮れる前に腹拵えをしようと近くの街に寄ることにした。
 辺境の地と聞くと何も無い田舎だと思われがちだが、アリステア様の手腕によって、街は活気付いている。
 
 「鹿の肉を提供しているお店があるそうですよ」
 「ではそこにしよう」

 辺境の地に来る前に集めた情報を教えてくれるエメラルドは、顔を綻ばせる。
 きっと鹿肉を食べてみたかったのだろうと察し、目的地に向かうと、行列が出来ていた。
 侯爵家の令嬢が列に並ぶだなんてありえないと、他の店を探し出すが、特に問題は無い。
 私の顔を知っている者がいるとは思えないが、念の為に外套のフードで顔を隠した。

 「私が並びますので、お嬢様は馬車でお待ちを」
 「いや、大丈夫だ。むしろサントスが待っていたらどうだ? 並んでおくぞ」
 
 何を言っても無駄だと溜息を吐く中年の御者は、焦茶の髪を掻く。
 小皺のある人好きのする顔で優しく微笑むサントスは、スアレス家でも私とクラレンスの二人を平等に扱ってくれる人物だ。
 私だけなら野宿でも良いが、二人もいるため近くの宿に一泊しようと話していると、列に並ぶ人々の声にエメラルドの目がすっと細くなった。

 「なあ、聞いたか? 辺境伯様が、王子に捨てられた女を嫁さんとして迎えるんだってな」
 「まったく、何を考えているんだか。どうせ我儘な女なんだろ? お忙しい辺境伯様に問題児を押し付けるなって話だよ」
 「そうなんだよ。しかも、王子の婚約者だった女が、王子の想い人に嫌がらせしていたらしい。それで遠くに飛ばしたんだと」
 「ハッ。性悪じゃねぇか」
 「ああ、でも王子と王子の恋人は、子宝に恵まれて、結ばれたって話だ。それで悪女も、二人の仲を裂くことは諦めたらしい」
 「そりゃあ、めでたい。その女もバチが当たったんだな!」

 ガハハと豪快に笑う中年の男性達の声に、完全に目が据わっているエメラルドが口を開いたので、直様手で口を封じる。

 「でもそれって少しおかしくないですかい?」

 噂話に急に口を挟んだサントスは、にこにこと頬を緩ませていた。

 「婚約者がいるのに、不貞行為をした二人が本当の悪では?」
 「え、ま、まあ、言われてみれば……」
 「だからって嫌がらせは……」
 「どんな嫌がらせをしたんです? 証拠はあるんですか?」

 視線を彷徨わせる男性陣に、サントスは笑みを深める。

 「皆さんの尊敬する辺境伯様の婚約者様に対して悪く言うことは、辺境伯様の評判を下げる行為と同じこと。今後はお気をつけ下さい」

 親しみやすい顔なのだが、妙に迫力があるサントスに対して、噂をしていた街の人々がゆっくりと頷いた。
 
 何を言われても受け入れる覚悟だったが、私を擁護してくれるサントスのおかげで、心が晴れやかになった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

処理中です...