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16 前を歩く美少女 ラウル
しおりを挟むこの世の誰よりも美しく凛とした婚約者が、優しい眼差しで微笑んだ。
間違いを犯し、愛する人を傷付けた愚か者の幸せを願うかのように──。
憂いを帯びた横顔を見つめ、自分のしてしまった過ちにようやく気が付いた。
あんな顔をさせたくないと、俺がクラウディアを笑顔にすると誓ったのに……。
ずっと好きだった相手の傍に、もう二度と戻ることが出来ないことを悟り、勝手に涙が溢れてくる。
ただ、クラウディアの気を引きたかった。
広い海のような輝く瞳に、俺だけを映して欲しかった。
だって、俺の片想いだと思っていたから……。
◆
スレジット王国の第二王子として、高貴な身分に生まれた俺──ラウル・オブ・スレジット。
誰もが俺に平伏し、なんでも言うことを聞く。
なにをしても褒められることしかない。
かつてこの世を統一し、今でも民達から崇められている双子の女神なんかより、ずっと偉いと思っていた。
そんな双子の女神と同じ名を授かり、すこぶる優秀だと噂の双子がいる。
二つ歳上だとしても、王子である俺より目立つことは許さない。
剣の腕の立つ双子のいるスアレス侯爵家にわざわざ出向き、俺の素晴らしさを知らしめてやる。
「やあやあ! っ、ゴフッ」
胸を張って出て行った俺の前に現れた、銀色の髪の美少女。
目にも止まらぬスピードで、俺の腹部に潜り込んでいた。
全身にビリっと電流が走り、気付けば白目を剥いて意識が飛んでいた。
俺の体を支える美少女からは、森の中を浮かぶ妖精のように、儚く優しい香りがした。
この世に生を宿してから、初めての屈辱と少しの快感を味わった、十二歳の夏のことだった。
最初は、この美少女が欲しいと思った。
自分の権力を見せ付けるための、アクセサリーのような感覚だ。
でも、今思えば一目惚れだったんだと思う。
だから無理矢理婚約者に指名して、俺の隣に立たせることにした。
今までも気に入った少女がいたら、婚約者にして傍においてきた。
最初は戸惑う少女達は、何でも持ち合わせている俺の良さに気付くと、ベタ惚れになる。
そこまでは良いのだが、使用人達のように俺の顔色ばかりを窺うようになって、うざったくなる。
だから、クラウディアもすぐに俺に惚れることになるだろう。
そう思っていたのに、あの女は俺の呼び出しに応えないどころか、会いたいなら俺に足を運べと言い出すのだ。
単なる我儘ならはっ倒していたところだが、稽古で時間が取れないことはわかっている。
だからといって、俺を優先しないのはおかしいだろう。
その事を教えてやろうとわざわざ会いに行っても、全然相手にされないどころか、俺にも稽古をしていけと剣を握らせてくるのだ。
おかげで剣術の腕はかなり上がったが……。
クラウディアに振り回されていただけなんだが、周囲が俺を見る目が変わっていた事に気が付いた。
彼女と共にいる時の俺は、毎日が楽しくて、生きてるって感じがした。
俺の後ろを歩くどころか、常に俺の前を歩く美少女は、今まで出逢った女とは全く違う種類の人間だった。
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