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10 謝罪

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 スアレス侯爵家の広い稽古場で、先程から黙り込んでいる父と対面している。
 父の後ろには、部下である屈強な男達が天を仰いだり、そわそわと落ち着きがない。
 そして私の後ろには、クラレンスを筆頭に、女性の使用人達がずらりと並んでいた。
 まさか当主である父ではなく、私の援護をするように、背後から応援する声を掛けてくれるとは思わなかった。
 
 「クラウディア様なら勝てますわッ!」
 「ええ、ええ! 私達の代表として、ボコボコにしてやって下さいませッ!」
 「セリーヌ様の仇っ!」

 母の事を慕っている使用人達が、さりげなく父を侮辱する。
 その言葉に、父の眉間の皺が深くなった。

 「さっさと始めようか」

 私たちの間に立ったクラレンスが、のほほんとした声を掛け、剣を構える。
 やっちゃえ、と視線で合図され、目を伏せた。


 ──力を貸して。


 先程まで晴れていた空に、灰色の雲が覆う。
 ゴォォ──ッと悍しい音を立てて、突風が吹き荒れる。
 私達を囲んでいる者達のざわめきが、一瞬で掻き消された。
 鞘を握りしめ、バチバチッと剣が鳴る。

 自分が思っている以上に、怒り心頭のようだな。
 頭では冷静に考えている反面、身体は炎で焼かれるように熱く滾っていた。

  一撃で終わらせてやる。

 眩い稲妻が走り、瞼を持ち上げると、肩で大きく息をする父が怯えたように膝をついていた。

 「っ、すまなかった!」

 ガシャンと剣を投げ捨てた音が響く。

 父が戦う前に剣を捨てた姿を初めて目にし、驚いて目を瞬かせる。

 「どうしても、ディアとラウル殿下に幸せになってもらいたかった。それなのにこんなことになって……。怒りの感情を持て余して、ディアにあたってしまった。本当にすまなかった……」

 プライドの高い父が頭を下げて、誠心誠意謝罪していることに驚きを隠せない。
 それは他の者達も同じだったようで、皆が息を呑んでいた。
 
 「ディアがラウル殿下を好ましく思っていることは、私も気付いていた。彼を愛しているなら、なんとしてでも引き止めるべきだったのではないかと思ったんだ」
 「っ、貴方にだけは言われたくない!」

 私が声を荒げると、強風が吹き、父の左頬を引き裂いた。

 母の事を思い出し、怒りの感情が込み上げる。
 ヒィッ、と情けない声を出したジェレミーが、尻餅をついて震え上がる。
 過去に私が打ち負かしたことのある男だ。
 茶色の瞳は、化物を見るような目をしている。
 だが父は、真っ直ぐに私を見ていた。
 
 「失言だった、本当にすまない。ラウル殿下とは婚約を解消出来るように全力を尽くす」

 力強い瞳で見つめられて、ゆっくりと頷いた。
 固唾を飲んで見守る使用人達が、寒さで震えていることに気付き、深呼吸をする。
 
 胸元からハンカチを取り出して、膝をつく父の前まで歩いて行く。
 左頬を流れる血をそっと拭った。
 
 「アリステアにそっくりだな」

 ふっと笑った父の言葉に、僅かに頬が緩んだ。

 灰色の雲がゆったりと流れて行く。
 空が晴れ渡ることはなかったが、雲の隙間からは光が差し込んでいた。



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