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1 我儘王子の婚約者に

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 かつて戦乱の世を統一した、麗しい双子の女神がいた。

 自然に愛された戦神──クラレンス様。
 瞳に炎を宿し、風を操り、敵を蹴散らす。
 氷のような無表情の麗しいお方だ。
 彼女を怒らせると、国全土に雷が落ちるといわれている。

 肉体と精神を癒す聖女──クラウディア様。
 生きてさえいれば、どんな傷も治してしまう。
 常に微笑みを絶やさないお方だ。
 敵味方関係なく癒しの力を使う、慈悲深い女性だったそうだ。

 姉が先陣を切り、妹が後方を守る。
 双子の姉妹による無敵の布陣によって、長きにわたる戦が終結を迎えた。

 それから数千年の時が流れ、統一されていた国は少しずつ分裂してしまった。
 だが、二人が最も愛し、最後の時を過ごしたといわれている聖地がある。
 
 それが私の住む、自然豊かなスレジット王国だ。

 

 眩い夏の陽光に照らされ、新緑の間を吹き抜ける心地良い風が、火照った私の身体を渦巻いた。

 視界の端で長い銀色の髪が揺れる。
 滅多に着ることのない、身体のラインに沿った細身のドレスは、私の瞳と同じ鮮やかな青色だ。
 可憐なお姫様が着るような、ボリュームのあるものは却下した。
 なにせ、肋骨ろっこつを歪めてまでコルセットを着用したくはなかった。
 あんなもの、拷問器具でしかない。

 脳内でくだらないことを考えながら、慣れない踵の高い靴で慎重に歩く。


 本日は、処罰される覚悟で王宮に参上した私──クラウディア・スアレス。


 由緒正しきスアレス侯爵家の長女だ。
 といっても、私の上にはほんの数分先に産まれた、双子の兄がいる。
 私の首が飛んだところで、スアレス家の跡継ぎはいるため特に支障はない。
 

 謁見の間に通されると思っていたのだが、なぜか第二王子殿下の自室に案内された。
 

 「今日からお前は俺のものだ。俺に平伏せ!」

 挨拶をする前に、声高らかに主張したラウル第二王子殿下。
 燃え上がるような赤髪の悪魔に、にたりと勝ち誇った顔で指を差される。

 先日、大勢の前で細身の女性に気絶させられたことを根に持つ王子様は、権力を笠に着てその相手を自身の婚約者にと指名したようだ。
 廊下にまで聞こえそうなほどの下品な笑い声が響き、幼稚な我儘小僧を呆れ顔で見据える。

 「悔しくて声も出ないかっ! ふははははは!」

 喜びを露わにする歪んだ口許は見るに耐えない。
 黙って見下ろされることに痺れを切らしたラウル殿下が、座れと顎で指示を出す。
 豪華絢爛なソファーに浅く腰掛けると、使用人が紅茶を用意してくれる。

 口をつけようとする前に「俺に歯向かうことは許さん!」と喚く二つ年下の王子様。
 胸元から分厚い書類を取り出し、ミミズのような字で書いた禁止事項を読み上げる。
 それを聞き流していると、いつのまにか読み終えていたラウル殿下は、どうだ! と言わんばかりの顔で仁王立ちしていた。

 傲慢な人物だが、この国の第二王子殿下。
 よく出来ました顔で微笑んだ。

 「~~ッ! 絶対に吠え面かかせてやるからな! 覚悟しろ!」

 ドスドスと音を立てて歩き去る、礼儀作法がなっていない王子様の背を見送り、冷めてしまった紅茶を口に含む。
 ここは彼の自室のはずだが、あのお方は一体どこへ行ったのやら。
 お願いだから、血迷ったことを言うのはやめて欲しい。

 普通の令嬢なら光栄に思うところだろうが、私は目立ちたくはない。
 それに将来は、騎士として国を守りたいと思っているので、迷惑極まりない話だ。
 
 
 結局、一言も発しないまま婚約を結ぶこととなり、遠い目をするのだった。

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