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203 目だけで会話をする俺たちは ロバート
しおりを挟む今話題となっているノワール領の夏祭りで、リュカが襲われ、庇ったファーガスが負傷した。
そして二人を襲った犯人と繋がっている黒幕が、アーノルド・リンネスの可能性が高いと聞いた俺は、すぐさま馬に跨っていた。
「やべェ、本気でやべェッ!!!!」
全速力で馬を走らせる俺の背に、ドバッと汗が流れる。
俺は、ファーガスからアーノルドのことを任されていたんだ。
だというのに、ビッチは嫌いだからと仕事を放棄したせいで、ファーガスが負傷した。
二人が危険な目に遭ったのは、ファーガスの命令を無視した俺のせいだ。
そのことがバレたら……。
確実にリオンちゃんに嫌われちまうっ!!
「っ、ロバート様っ、落ち着いてくださいっ! ファーガス殿下は軽傷だと……」
「馬鹿っ!! 軽傷だろうが、婚約者が襲われて怪我をしたんだ! 冷静でいられるわけがないだろう!」
俺に必死になってついてきている部下たちが、なにやら叫んでいる。
ファーガスのことはもちろん心配だったが、あの男はそう簡単に死ぬような野郎じゃない。
そんなことより、リオンちゃんだ!
大好きな兄が傷付いて、きっと泣いているに違いない。
早く慰めてやらないと……。
黒曜石のような美しい瞳に、涙をいっぱいにためるリオンちゃんの姿を想像しただけで、俺の全身が熱くなる。
リオンちゃん、リオンちゃん、と脳内で叫び続ける俺は、ファーガスが休んでいる宿屋に突撃していた。
「ファーガスッ!!」
全身に触れ、話に聞いていた通りの軽傷だったことを確認する。
よし、怪我はたいしたことない。
だが俺は、背後にいるリオンちゃんがどんな顔をしているのか確認することが出来なかった。
そして、口許が緩むファーガスと見つめ合う。
なぜかご機嫌だ。
……これは、リオンちゃんとなにかあったな?
俺の勘が冴え渡る。
二人の恋を応援しているものの、俺だってリオンちゃんが好きなんだ。
ドロドロとした嫉妬の感情に、心中穏やかではいられない。
すっとリオンちゃんの気配が消え、俺は寝台に腰掛けているファーガスの前で、ヘロヘロとしゃがみこんでいた。
「愛するリオンちゃんのために体を張るのはいい。でも、お前が死んだらリオンちゃんが悲しむだろうがっ!」
「ああ、わかっている。それよりベタベタと触るな、暑苦しい。私に触れていいのはリオンだけだ」
「はいはいそーかよっ」
「せっかくリオンに体を拭いてもらったというのに……」
汚いと、さっさと着替え始めたファーガスは、相変わらず感じが悪い。
いつも通りの様子に安堵したものの、俺は自分の不甲斐なさに項垂れていた。
「俺のせいだ……。本当にすまねぇ。アーノルドのことを頼まれていたのに、すっかり忘れちまってた……」
「どうせそんなことだろうと思っていた。お前には最初から期待していない」
「くっ…………。すまん」
嫌味ったらしい言い方にイラッと来てしまったが、ここは素直に謝罪するべきだ。
なにせ俺がアーノルドを調教しなかったせいで、可愛い可愛いリオンちゃんを悲しませてしまった。
使えない野郎だとばかりに俺を見下ろす男は心底腹立たしいが、こんな男でもリオンちゃんの尊敬する兄なんだ。
「そ、それで……。リオンちゃんに、俺のせいだって話したのか?」
「…………ハァ。別にロバートのせいではないだろう。いずれこんな日が来るとは思っていた」
「っ、そ、そうか」
ファーガスがリオンちゃんにチクっていなかったことを知り、心の底から安堵する。
すると、ノックもなしにリュカが現れた。
恐ろしいほどの無表情だ。
「リオン殿下からの伝言です。ロバート様の愛馬を貸してほしいそうです」
「……は?」
「先に王宮に戻るとのことです。ファーガス殿下のことは、ロバート様にお任せすると」
絶句する俺たちに、リュカは深い溜め息を吐く。
数時間前に刃物を所持した男に襲われたのだが、この男も平気そうだ。
「仲睦まじいお二人を見て、邪魔者は消えた方がいいと思ったのではないでしょうか」
「はあ!?!? なんでそうなる!? 俺は、リオンちゃんのことが心配でここまで駆けつけたってのにっ!!」
追いかけようとしたが、馬を奪われている。
「…………余計なことをっ。私は、リオンと王宮に戻る時間を楽しみにしていたというのにっ」
「うっ」
「なぜお前と二人で馬車に乗らねばならないっ」
ご立腹のファーガスに、殺意のこもった目を向けられる俺。
それは俺の台詞だと言いたいのだが……。
「…………」
「…………」
目だけで会話をする俺たちは、婚約を解消することを決断していた。
「これからは、正々堂々と勝負しようぜ」
「お前の出番などない。リオンは私が守る」
「あん? お前の出番もあるかわからねェけどな? 怪我してる奴は大人しく寝てろよ」
「なんだと?」
「喧嘩している場合ではないでしょう。さっさとリオン殿下のもとへ行きなさい!!」
リオンちゃんを悲しませる輩は誰であろうと許さない、と顔に書いてある侍従に叱られた俺たちは、すごすごと馬車に乗り込むことになっていた。
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