嫌われ王子様の成長 〜改心後、暴君の過去が役に立つこともある〜

２０１ 気持ち悪いだなんて思いません

　
　兄様に触れられている頬が、じわじわと熱くなっていく。

　「…………っ、」

　俺の心臓が暴れ出す。

　ファーガス兄様が自ら触れたいと思う相手は、間違いなく俺だ。
　自惚れでもなんでもない。
　だって兄様は今、自ら俺に触れているんだ。

　そのことに気付いて、俺の全身がカッと熱くなっていた。


　「リオン、好きだ」
　「っ……」


　ドクンと心臓が大きく音を立てる。

　だが、苦しげに告げたファーガス兄様からは、複雑な想いが、語られずとも伝わってきていた。

　「ずっと昔から好きだったが、気持ちは封印していたんだ。だが、ニホンの記憶を思い出してからのリオンに、どんどん惹かれていく自分がいた。何度も諦めようと思った……が、無理だった。リオンへの気持ちを抑えきれなくなってしまったんだ……。本当にすまない。弟だとわかっているのに、私はリオンを愛している」

　ファーガス兄様の熱い気持ちに胸を打たれる。
　俺の瞳からは、勝手に涙が溢れていた。

　「リオンに幸せになってもらいたいとリオンの恋を応援していたが、心の中は醜い嫉妬の感情でいっぱいになっていた……。リオンがあの二人のものになったと思うと、辛くて仕方なかった……。もういっそのことなにもかも忘れてしまいたいと、毎晩酒を呷っていた」
　「っ、兄様……」
　「だが、そんな努力も虚しく、私はリオンを忘れることなんて出来なかった。いざ死を覚悟した時に思い出したのも、やはりリオンのことだった。リオンは気持ち悪いと思うかもしれないが……」

　苦々しい表情で告げたファーガス兄様に、俺はぶんぶんと首を横に振る。
　兄様をかっこいいとは思っても、気持ち悪いだなんて思わない。

　今にも泣き出してしまいそうな兄様を見ているだけで、俺も泣きそうになる。

　「お、俺は、兄様の弟ですけど……。でも、前世の記憶を思い出してからは、別人格というか……。兄様は兄様なんだけど、違うっていうか……」

　うまく言葉が纏まらない。
　それでもファーガス兄様は、黙って俺の話を聞いてくれていた。

　ふぅっと一呼吸置いた俺は、真っ直ぐに兄様を見つめた。

　「だから、気持ち悪いだなんて思いません。むしろ……嬉しい、ですっ」
　「っ、」

　ドキドキと高鳴る胸を押さえる俺は、激しく揺れている深海色の瞳を見つめ続ける。
　ほうっと息を吐いたファーガス兄様は、強く目を瞑った。
　必死に泣くのを堪えているかのように。

　「まさか、そんな風に言ってくれるとは思わなかった……」

　ファーガス兄様が心から安堵したように呟く。

　「実は、リュカとジルベルトには、リオンに想いを告げてもいいと許可を取っているんだ。リオンが受け入れるなら、仲間入りさせてくれるとも話してくれた。リオンの愛した二人は、本当に素晴らしい人だと思う」
　「っ、」
　「襲われた時は、リオンのためにリュカを助けたが……。私もリュカを心の友だと思っているんだ。だから、もし命を落としていたとしても、私はリュカを守った行動に後悔はない」

　そう言って穏やかに微笑んだファーガス兄様は、物凄くかっこよかった。

　俺の自慢の恋人二人を褒められて、嬉しく思う。
　なにより、兄様の気持ちが俺は嬉しかった。

　十年以上片想いをしていたと話していたから、てっきり俺ではないと思ったのだが……。
　ということは、兄様は俺が六歳の頃から好きだったのか！？
　……なんて苦しい恋をしてきたんだ、兄様は。

　「すぐに答えなくてもいい。このまま兄弟でいたいというのなら、リオンの気持ちを優先する。ただ、私がリオンを想っていることを知って欲しかったんだ」

　信じられない思いでこくりと頷くと、微笑むファーガスが、俺の額にさらっとキスをした。
　そしてドキドキしすぎて喋れなくなっている俺の隣に、ごろりと横になる。

　俺も兄様のことは大好きだけど、まずはジルベルトとリュカに話をしてから返事をしよう。

　……そう思った俺は、すでにファーガス兄様と相思相愛だっ。

　もう好きって言いたい……。
　
　もじもじしていると、ファーガス兄様が横から抱きしめてくる。

　ド、ドキドキが止まらないだろうっ！！

　今まで普通に甘えてきたけど、兄様と恋人になるのは、正直かなり恥ずかしい……。
　だってめちゃくちゃかっこいいし、俺が一番尊敬している人なんだ。

　「ファギー兄様っ」
　「……ん？　眠れないか？」

　美しすぎるお顔が至近距離にある。
　ファーガス兄様に俺の想いを伝えようと、なんとか心を落ち着かせる。

　「っ、いえ……あ、あの、俺……っ」

　コンコン、とノックの音がする。
　飛び起きた俺は、扉に全速力で向かっていた。

　扉を開ければ、キリリとした表情の中年男が、ピンと背筋を伸ばして立っていた。

　「今、よろしいでしょうか？」

　……ハーヴィーーーーーーーーッ！！！！！！

　またお前かッ！！
　邪魔するな、馬鹿野郎ッ！！
　お前は、俺に恨みでもあるのか！？！？

　「あ、ああ。どうした？」
　「実は、犯人が我々に協力すると話しています」

　にこにこと胸を張る護衛のリーダーに、内心絶叫している俺は、よくやったとばかりに頷いていた。