198 / 211
198 カツ丼を出すつもりは毛頭ない
しおりを挟む捕らえている男のもとへ行くと、なにやら言い合いになっている声がする。
部屋の前で待機していた二人の護衛が、俺の顔を見て瞬時に頭を下げた。
無言の俺は、既に暴君モードに入っている。
「だからっ! 何度も言ってるだろ!? 俺は、緑髪の男を襲ったんだ!」
「理由は?」
「せっかく祭りを楽しんでいたのに、馬鹿にしたような目で見られたからだ!」
「たったそれだけのことで、人を刺そうとするのか? お前には他にも余罪がありそうだな?」
「っ、あ、あの時は気が立っていたからで……。いつもそんなことしてるわけじゃねぇ!!」
犯人の怒鳴る声を聞く俺は、首を傾げた。
ここ最近のリュカは、ノワール伯爵領のために、ずっと走り回っていたんだ。
祭りに来てくれるお客様に対して、馬鹿にしたような目をするはずがない。
そんな目を向けられるのは、逆に俺くらいだ。
……いや、それはそれでどうかと思うけど。
呆れるような目を向けられることはあれど、馬鹿にされたことはないか。
だいたいそういう時は、全面的に俺が悪い。
……と、冷静になろうとする俺はひとつ頷いた。
昔は人形みたいなリュカだったが、今は生き生きした瞳だし、恋人の贔屓目なしにもキレカワ系だと思う。
見惚れてしまうならわかるが、敵意を持たれるような第一印象ではないはず。
それに、犯人は平民だ。
引きこもりの仕事中毒になりつつある俺の専属侍従と、外で出逢うことはまずないだろう。
リュカを襲った理由は、きっとなにかある。
そう踏んだ俺は、ドアノブに手をかけた。
「俺は、ファーガス殿下を狙ったわけじゃないんだっ! それなのに、あのお方が前に出てきたせいで──ッ!!」
自分は悪くないとばかりに主張する男が、限界まで目を見開く。
「ほう? 俺の兄様が悪いって言いたいのか?」
屈強な護衛をゾロゾロと引き連れた暴君の登場に、驚き過ぎて言葉が出てこないようだ。
平凡な焦茶の髪に、糸目の男。
さっきまで怒鳴っていたのはこの男かと、聞きたくなるくらいの地味顔だった。
今まで尋問していた護衛がすっと立ち上がり、俺に席を譲る。
太々しい態度で椅子に腰掛けた俺は、カツ丼を出すつもりはさらさらなかった。
「俺にも詳しく聞かせてくれよ」
「っ、」
椅子に縛られて、身動きができない状態で拘束されているが、今まで威勢よく話していた男がガタガタと震え出す。
怯えている男を無言で眺める俺は、口の端を吊り上げて笑っている。
ファーガス兄様のせいだと、聞き捨てならない言葉を聞いた俺は、完全にブチギレていた。
「兄様が悪いんだろ? ああ、でも……。もしそうだったとしたら、この場でお前を始末しておかないとな?」
「ヒッ」
「なぜ驚く? 平民が王族に刃を向けたんだ。その場で斬り殺されても文句は言えないぞ?」
それくらいわかっているだろうとばかりに首を傾げる俺は、既に何人もあの世行きにしているイカレタ野郎に見えているはずだ。
現に、俺が改心したことを知っているはずのエレンですら、息を呑んでいる。
間違いなく、ヤバイ奴に見えているだろう。
「兄様はただの被害者だ。そうだろう?」
「っ、は、はい。その通りです。ま、間違えました。すみませんでした……」
俺の目の前で震えが止まらない男は、暴君の噂を知っているらしい。
好都合だ。
この調子で、全部聞き出そう。
「なぜ、刺そうとしたんだ?」
「そ、それは……その……」
「お前が狙った新緑色の髪の美しい男は、俺のたった一人の専属侍従だ」
「っ、」
冷や汗が止まらない男が、ヒュッと息を呑む。
どうやら知らなかったらしい。
「もう一度聞く。なぜ、俺の専属侍従を刺そうとした?」
「っ……あ、し、知らなかったんですっ。お、お許しくださいっ、なんでもしますっ」
「お前は、恋人はいるのか?」
「……?」
急に話が変わって混乱する男が、目を瞬かせる。
相変わらず俺に怯えながらだが……。
机に肘をついた俺は、にっこりと天使スマイルを浮かべた。
「もしお前に恋人や、慕う人がいたとして。その相手が襲われたと知ったら、お前は謝罪されただけで犯人を許せるか?」
「………………っ!!」
俺の言いたいことがわかったのか、男の顔から血の気が引く。
リュカやジルベルトが見たら、『可愛いっ!』と連呼してくれる俺の笑顔なのだが。
本当の俺を知らない男は、大袈裟なくらいにガクブルしている。
本気で殺されると感じているらしい。
「嘘偽りなしで、全てを話せ」
「っ……は、はいっ。ほ、本当は……頼まれました……」
激しく頷く男が、半泣きで話し始めた。
「お、俺の、好きな人が、いて……。でも、緑髪の男に言い寄られて困っているって……。相手は貴族だから、無理やり婚約させられそうだと、泣きつかれて……。だから、あの男が怪我をすれば、傷物になる。そうなったら、俺たちは結ばれる、って言われて……」
「その男の名は?」
小さく息を吐いた男が、目を伏せた。
──ジルベルト。
「「「っ…………」」」
全てを白状して泣き出した男だが、静かに話を聞いていた護衛たち全員が驚愕していた。
20
お気に入りに追加
3,489
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。


性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる