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175 俺がやっちまったらしい

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 「ファギー兄様が……好き、なんですか?」


 掠れた声で呟く。
 カッと目を見開いたアベル様は、俺の胸ぐらを掴んでいる手に力が入った。

 「周囲の反対を押し切って、身分の低い私のことをお傍に置いてくださるあの方を、私は敬愛しております。好き……などと、そんな簡単な言葉で、私の気持ちを推し量らないで頂きたい」
 「カハッ、」
 「病弱だかなんだか知りませんけど、こんなベールまでつけて。ファーガス殿下にかまってほしいだけですよね? 見苦しい。本当にあの方と血が繋がっているのかと疑いたくなりますよ」

 俺がファーガス兄様と違って無能なのは、自分が一番わかってる。
 俺の周りはみんな俺に優しいから、ここまでハッキリと言われたことがなかった俺は、図星を突かれて、悔しくて涙がこみ上げてくる。

 「日の光が苦手? ハッ、馬鹿馬鹿しい演技までして、一体何がしたいんです?」

 頭のベールを破く勢いで剥ぎ取られ、それをアベル様が床に叩きつけた。
 半泣きの俺の顔を見たアベル様が、限界まで目を見開いて硬直した。

 「っ…………」

 さっきまで睨みつけられていたのに、今はなぜかうっとりとした顔で見つめられている。
 
 ……え、ちょっと顔が近くないですか?
 もうちょいでキスしちゃうぞ?

 俺の胸ぐらを掴んでいた手の力が抜け、なぜかその手は俺の両頬を包み込む。

 
 「リオン、殿下……」
 「っ、ちょ、ちょっと、待ってっ! なにをする気──っ!?」
 「確保!!!!」


 職務放棄していたはずのエレンが飛び出て来て、にゅっと口を尖らせていたアベル様を拘束した。

 殺気立っている護衛と共に、剣を抜いているニコラス母様が現れる。
 その後ろには、母様の母国の方々が、全員驚愕した面持ちで突っ立っていた。

 そして気絶しているアベル様はというと、どうしてか騎士団長様にめちゃくちゃビンタされている。
 ……なぜ??

 なにがなんだかわけがわからない俺は、ファーガス兄様に抱き上げられていた。
 険しい表情のファーガス兄様は、頬が真っ赤に腫れているアベル様を一瞥して歩き出す。

 「リオン、すまない。大丈夫か?」
 「え、えっと……? とりあえずは……」

 兄様の声が低いし、空気もいつもと違う。
 黙っていた方が良さそうだと判断した俺は、大人しくしていた。



 ファーガス兄様の部屋に着くと、俺を片手で抱っこしていた兄様は、そのままソファーに腰かけた。
 長い足の間に座っている俺を、バックハグする美丈夫が、重い息を吐き出す。


 「リオンはやはり、魅了魔法が使用出来るかもしれない」


 そう言ったファーガス兄様が、俺を抱きしめたまま話し始めた。

 「実は、私たちはリオンが魅了魔法を使えるのではないかとずっと考えていたんだ。もし使用出来た場合、厄介事に巻き込まれる可能性がある。リオンのためにもハッキリさせておきたかったんだ。それで、母上の知人に魅了魔法に詳しい者がいて、大至急呼び寄せたんだ」
 「っ、そうだったんですか……」
 「ああ。だが、実際に魅了魔法が発動されているかは、その瞬間を見てみないとわからないと言われてな? リオンに悪意を持っている者を用意して、実際に魅了される瞬間を見せることになったんだ。ただ、私たち家族や恋人二人は、リオンを愛しているから実験台にはなれなかった。だからと言って、なにも知らない者を実験台にするリスクは高い。それで、アベルが選ばれたんだ」

 なるほど……と答えたが、さらっとアベル様に嫌われていたことを知った俺は、なんとも言えない気持ちになっていた。

 ファーガス兄様がアベル様を側近に選んだのは、有能だったから。
 それ以上でも以下でもなかったのだが、アベル様はファーガス兄様に恋をしてしまったらしい。
 何度か告白もされて断っていたが、ロバート様と婚約してからは、祝福してくれていたらしい。

 それでも同じ職場で働いているし、アベル様は兄様を諦めることはできなかったみたいだ。
 
 そして最近になって、ファーガス兄様の想い人が、ロバート様ではなかったことを知ったらしい。

 …………俺も初耳だ。
 相手が気になって仕方がない。
 
 だが、今は真剣な話をしているから、その件は一旦置いておくことにする。

 「っ、つまり、俺がアベル様に、魅了魔法を発動させていた……ということでしょうか?」
 「……そういうことになるな」

 深刻そうに呟いたファーガス兄様。

 アベル様は今でも兄様に好意を抱いているわけだから、俺がやっちまったことは確定したみたいだ。

 もしかして、リュカやジルベルトにも、俺は好き好きビームを出して、不正した愛を手に入れてしまったのだろうか……。
 その可能性を考えただけで、俺の顔色はどんどん悪くなっていく。
 
 俺がリュカとジルベルトの人生を、狂わせてしまったのかもしれない。
 でも俺は、二人がそばにいてくれないと生きていけないんだ。


 リュカとジルベルトは、魔法なんて関係なく普通に俺を好きになってくれていたのに、屑でどうしようもない俺は、二人の魅了魔法が解けることがないことを全力で願っていた。












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