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170 一日労働
しおりを挟む本物の暴君を初めて見たらしい若者は、今は借りてきた猫のように大人しくなり、ジルベルトとシエルくんに頭を下げていた。
茶髪に茶色の瞳、平凡顔の男は、地方の男爵家の子息だった。
俺の予想通り、わざわざ王都の娼館に来たのに、店が潰れていたから気が立っていたらしい。
だからって、俺の恋人に手を出すやつは許さんっ!!
ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、それでは目の前の暴力男と同じになってしまう。
それに、日本人だった時の俺は、人を殴ったことなどない。
せっかく子供たちの店がオープンしたのに、これ以上騒ぎを起こしたくなかった俺は、暴力男に試食のフライドポテトを持たせた。
「お前には、一日労働を命じる」
「っ!?」
俺の言葉が聞こえているはずなのに、目の前の男──イライジャは、大口を開けている。
間抜け面を晒す男は、労働したことがないのか?
まったく。
過去の俺を見ているみたいで、イライラするぜ。
「本当に反省しているのなら、それくらい出来るだろう。それとも宰相殿に知らせた方がいいか?」
ジルベルトのパパに告げ口しちゃうぞと脅してやれば、イライジャは慌てて頷いていた。
「さっさとお客様に試食をお配りしろっ! 待ち時間が長いと、帰ってしまうかもしれないだろう」
「はっ、はいぃぃっ!!」
ダッシュで俺から離れたイライジャは、行列の最後尾に向かった。
一秒でも早く、俺の元から離れたかったらしい。
「リオンお兄ちゃん、カッコイイっ!!」
「大丈夫か、シエルくん。怪我してないか?」
「うんっ! ジルお兄ちゃんが守ってくれたから平気だよ! それに、初めて貴族の人が僕に謝ったから、ちょっとびっくりしちゃった!」
俺は、へへっと笑っているシエルくんの頭をなでなでした。
俺の心配を他所に、事の成り行きを見守っていた子供たちはケロッとしている。
前の主人から暴力を振るわれることが当たり前だったのか、慣れているように見えた。
むしろ、貴族が平民の子供に謝罪したことに驚いている。
「またなにか困ったことがあったら、すぐに駆けつけるからな!」
はい! と元気よく返事をした子供たちに囲まれる俺は、さりげなく可愛い子たちを撫で回す。
ちゃんと休憩するんだぞと話していると、そんな俺の腰に腕が回る。
ベール越しでもわかるほどのキラキラ笑顔のジルベルトが、『ありがとう』と囁いた。
怪我をしていないか確認する俺は、ジルベルトの腰にくる美声で、膝が震えている。
「リオン。守ってくれて嬉しい」
「あ、ああ。当たり前だろうっ!」
「ムフフ。リオンお兄ちゃんが照れてるぅ~」
「ばっ、違う!!」
「イチャイチャしてるぅ~」
子供たちに揶揄われて、慌ててジルベルトから離れる俺は、逃げるように行列の最後尾に向かった。
イライジャのことは護衛が見張っているが、俺も目を光らせる。
「表情が硬い! 笑うんだ! 営業スマイル!」
「っ、ハ、ハイッ!!!! し、試食、どうぞぉ~」
「声が小さいっ! もっと愛想良く! 語尾は上げろっ!」
「はいぃぃっ!! 試食ですぅ~っ!! お願だから、誰か食べてくれ~っ!!」
俺にしごかれて、情けない声を出すイライジャを見ていた子供たちがけらけらと笑っている。
場の空気が明るくなり、みんなも元気に働き出したことを確認した俺は安堵する。
「子どもたちの真似をするんだ」
「っ、」
俺が優しい声で話したからか、イライジャは動きを止めた。
幾分か落ち着いたのか、試食を配っていくが、ロボットのようにぎこちない動きだ。
「ああ、そうか。イライジャはまだ食べていなかったんだな?」
「へ? んぐっ!?」
俺がフライドポテトを食べさせてやると、丸い目が見開いた。
「お、美味しいっ!! こんなに美味しい芋は、初めて食べました……」
「次はこれだ!」
「へ?!」
ケチャップとマヨネーズをつけたフライドポテトを食べたイライジャの顔は、うっとりとしている。
相当美味しかったようだ。
「味も知らないのに、お客様にお勧めできるわけがないよな? 俺が悪かった」
「ッ!?」
信じられないような顔をするイライジャと、行列に並ぶお客さんに気付かない俺は、一人反省していた。
そんな俺の背後からは、リュカの深い溜息が聞こえて来る。
……い、いつのまにっ!?
イライジャより、俺の存在のせいでお客さんが逃げてしまうかも知れないと考えているのだろう。
リュカに怒られる前に、俺はさっさと馬車に戻ることにした。
イライジャには、配り終わったら帰っていいと告げたが、反省したのか今日一日働くつもりらしい。
むしろ雇ってくれと頼まれたが、丁重にお断りした。
なぜか半泣きになっているイライジャを護衛に任せた俺は、颯爽とその場を後にする。
そんな俺に駆け寄るジルベルトは、甘い声で耳打ちをした。
「今日は俺が、リオンとくっついて寝たい」
「ブッ……」
派手に転びそうになった俺は、ジルベルトとリュカに支えられて、みっともなく退場することになった。
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